第43話 鏡に映る真実
猫島の祠で、貞子と栞は、イザナミの「愛されたかった」「忘れ去られたくなかった」という切なる願いが映し出された鏡を手に、静かに佇んでいました。奈緒の覚醒から伊勢で放たれた光が、この鏡に新たな力を与えたかのようでした。鏡の表面は、ただの映し鏡ではなく、イザナミの残された感情を映し出す、まさに魂の窓となっていました。
貞子は鏡を祠の中央にそっと置き、栞と共にその前に正座しました。祠の空気は清浄でありながらも、井戸の方向からわずかに残る負の波動を感じます。それが、この地に深く根付いた「黒い影」の残滓であることを二人は理解していました。
「栞、巻物のこの部分を読んで」貞子は、古びた巻物の一節を指差しました。「『鏡に魂を映し、真なる愛を呼び覚ませば、闇は光に還る』」
栞は頷き、その言葉をゆっくりと読み上げました。彼女の声が祠の中に響き渡ると、鏡の表面が再び微かに揺らめき始めます。そこに映し出されたのは、怨念に歪む前の、純粋で悲しみに満ちたイザナミの姿でした。愛する夫に拒絶され、黄泉の国に置き去りにされた悲しみ、そして何よりも忘れ去られることへの恐れが、その表情から痛いほど伝わってきます。
貞子はそっと手を伸ばし、鏡に触れました。触れた瞬間、彼女の心に、イザナミの孤独が津波のように押し寄せます。しかし、それはもはや人を蝕む怨念ではありませんでした。奈緒の光によって癒やされ、本来の悲しみと切望が剥き出しになった、痛ましくも純粋な感情でした。
「…大丈夫…」貞子は、鏡の中のイザナミの姿に語りかけるように呟きました。「あなたは、もう一人じゃない。誰も、あなたを忘れない…」
栞もまた、鏡に手を添え、心の底から慈愛の念を送りました。彼女の巫女としての力が、その純粋な共感の波動を増幅させます。祠の中に満ちる二人の優しい感情が、鏡を通してイザナミの魂へと届けられ、癒やしの光となって祠を満たし始めました。
鏡に映るイザナミの表情が、少しずつ、少しずつ、穏やかになっていくのが見えました。悲しみは残るものの、その奥に安堵と、かすかな笑みが浮かんでいるようでした。
その時、古井戸の方向から、これまで感じていた最後の負の波動が、完全に消え去るのを感じました。猫島の「黒い影」が、ついに完全に浄化された瞬間でした。島全体を覆っていた重苦しい空気は、完全に払拭され、清々しい朝の光が祠の中にも差し込みます。
貞子と栞は顔を見合わせ、安堵の息を漏らしました。長かった猫島での使命が、ついに果たされたのです。しかし、これで全てが終わったわけではないことを、二人は知っていました。舞子たちが向かった狗ヶ岳に潜む「歪んだ門」の存在が、まだ残されているからです。
貞子は鏡を丁寧に包み直し、立ち上がりました。
「これで、猫島は安らかになるわ」
栞も頷き、「舞子お姉ちゃんたちも、きっと同じように頑張ってるはず」と、遠い出雲の空を見上げました。
二人の心には、達成感と、そして舞子、鳴海、奈緒との再会、そして物語の最終決戦への確かな予感が芽生えていたのです。
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