第37話 カグツチ


夫婦の祠でイザナミの深い「願い」に触れた舞子たちは、次に火の神との関連が深いとされる火之神神社へと向かいました。出雲大社の摂社の一つであるその神社は、鬱蒼とした木々に囲まれ、どこか厳粛な雰囲気を漂わせています。

神社の鳥居をくぐると、ひんやりとした空気が肌を包みました。境内には、火の神を祀る小さな社が静かに鎮座しており、その周りには燃え盛る炎を思わせるような、かすかな熱気が漂っているように感じられます。

舞子は社の前に立ち、目を閉じて意識を集中させました。すると、彼女の心に、激しい怒り、そして燃え尽きるような悲しみが直接流れ込んできました。それは、イザナミが火の神を生み出した際に感じた、肉体の痛みと、それによってイザナギとの縁が絶たれたことへの深い恨み、そして絶望の感情でした。

「…この怒りは…まさにイザナミ様の、火の神への恨みそのものね…」舞子は苦しげに顔を歪めました。

鳴海は、社の周りの石碑や説明書きを注意深く読んでいました。

「この神社は、古くから火事除けや鍛冶の守護神として信仰されてきたようですね。しかし、同時に**『火の荒ぶる力』**を鎮めるための場所でもあったようです。もしかしたら、その荒ぶる力こそが、イザナミ様の怨念と結びついているのかもしれません」

奈緒は、社の前に座り込み、その場の感情を読み取ります。彼女の心に響いてきたのは、火の神そのものの感情ではなく、むしろ火の神を生んだことによって引き起こされた、イザナミの絶望と、その中に隠された、ある矛盾した「願い」でした。

「…怒り…苦しみ…でも…その奥に…**『報われてほしかった』という…複雑な願いが…」奈緒は震える声で呟きました。「イザナミ様は、我が子を産むという使命を果たしたにも関わらず、その代償があまりにも大きすぎた。だからこそ、火の神に対して、そして自分自身に対して、『なぜ私だけが』という深い問いかけと、『この苦しみが、何かの意味を持つと信じたかった』**という、報われたいと願う気持ちが残っているように感じます…」

舞子は奈緒の言葉に目を見開きました。「『報われてほしかった』…『何かの意味を持つと信じたかった』…そうか、イザナミの恨みは、単なる怒りだけじゃない。そこには、子を産み、使命を果たしたことへの、報われない悲しみと、それでもその苦痛が何かの役に立つことを願った、切なる思いが隠されていたんだわ」

鳴海は、奈緒の読み取った感情と舞子の考察に深く頷きました。

「火之神神社が、単なる火の神を祀るだけでなく、イザナミ様の深い悲しみと、その中にある**『報われたい』という願い**を鎮める場所でもあるとしたら…『真なる名』とは、イザナミ様の『愛されたい』『忘れ去られたくない』という願いと、この『報われてほしかった』という願い、その両方を受け止めることなのかもしれません」

三人は、イザナミの怨念の根源に、夫婦の愛と、子を産むことの業、そして報われない悲しみが複雑に絡み合っていることを痛感しました。次なる目的地は、この複雑な感情の糸を解きほぐす手がかりが隠されているかもしれません。

「次は、さらに古い伝承が残る場所、イザナミ様と関連する他の末社や、火に関する民話が語り継がれている地域を調べてみましょう。きっと、そこに『真なる名』を呼び覚ます、最後のヒントがあるはずよ」舞子は、新たな決意を胸に、二人に告げました。

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