第36話 夫婦の祠
翌朝、舞子、鳴海、奈緒の三人は、レンタカーで出雲大社周辺の探索へと繰り出しました。出雲の朝の空気は澄み渡り、神聖な気配が漂っています。まず向かったのは、イザナギ命とイザナミ命が共に祀られていると伝えられる、ひっそりとした小さな祠でした。
鬱蒼とした森の奥深く、苔むした石段を登りきると、そこに小さな祠が静かに佇んでいました。鳥居をくぐると、すぐにイザナギとイザナミの夫婦神が並んで祀られているのが見えます。祠の前には、素朴な注連縄が張られ、古いお供え物が置かれています。
舞子は祠全体から発せられる波動に集中しました。そこには、確かに強い負の感情が渦巻いていましたが、同時に深い愛情と、悲しみの中で寄り添おうとするような、複雑な感情が入り混じっているのを感じます。
「この場所は…イザナミ様とイザナギ様の、夫婦としての絆と、それが断ち切られた悲しみが、そのまま残っているようね」舞子は静かに呟きました。
鳴海は祠に近づき、手を合わせて祈りを捧げました。
「この負の感情は、夫婦の愛が深かったからこそ、決別した時の悲しみもまた深かったということなのかもしれませんね」
奈緒は、祠の前にそっと膝をつきました。目を閉じ、感情を読み取る能力を最大限に活かします。すると、彼女の脳裏に、鮮烈な情景が浮かび上がってきました。
それは、黄泉の国で再会を果たしたイザナギとイザナミの姿でした。
「いとしい我が夫よ…」
「私を見ないで…」
イザナミの口から紡がれる言葉には、黄泉の穢れに染まってしまった自身の姿を見られたくないという、深い悲しみと羞恥、そしてそれでもなおイザナギに愛されたいと願う、切なる思いが込められているのを感じ取ります。そして、イザナギの言葉の奥には、愛する妻を救いたいという願いと、変わり果てた姿への動揺が混じり合っていました。
奈緒の目から、一筋の涙がこぼれ落ちました。
「…愛されたい…でも、もう見てもらえない…忘れ去られたくない…」
それは、イザナミの心からの叫びであり、奈緒自身の孤独な感情にも強く共鳴するものでした。
舞子は奈緒の異変に気づき、そっと肩に手を置きました。
「奈緒、大丈夫?何か感じたの?」
奈緒はゆっくりと目を開き、その場に響き渡る声で語り始めました。
「はい…イザナミ様が、イザナギ様に向けた、深い悲しみと、それでも**『愛されたい』『忘れ去られたくない』**という、切なる願いを感じました…それは、恨みだけじゃない。夫婦としての、本当の…本質的な願いなんです…」
舞子は奈緒の言葉に深く頷きました。「『愛されたい』…『忘れ去られたくない』…それが、イザナミの『真なる名』を呼び覚ます鍵。そして、**歪んだ『黒い影』を鎮めるための、本質的な『願い』**なのかもしれない」
鳴海は、奈緒の言葉をメモしながら、「この祠が、まさにその『願い』を読み解く場所だったのかもしれませんね。次は、火の神に関連する場所も見てみましょう。もしかしたら、その恨みの裏に隠された、もう一つの『願い』が見えてくるかもしれない」と提案しました。
三人は、イザナミとイザナギの夫婦の愛と悲しみが刻まれた祠を後にし、次なる手がかりを求めて、火の神にまつわる伝承が残る場所へと向かうのでした。
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