第35話 過去の残響


出雲へと向かう電車の中で、舞子、鳴海、奈緒の三人は、車窓を流れる景色を眺めながらも、それぞれが今回の旅の重みを胸に感じていました。舞子は、曾祖母の巻物に記された「真なる名」と、イザナミの恨みが火の神へと繋がっている可能性について深く考えていました。しかし、彼女の思考は、イザナミとイザナギ、かつて夫婦であった二柱の神の、悲劇的な決別へと向かっていきます。

「イザナミ様が黄泉の国でイザナギ様と決別したのは、火の神を生んで命を落としたことが原因。でも、元は夫婦だった。その深い愛情と、それが裏切られたかのような絶望…その感情が、ここまで深くこの地を蝕んでいるとしたら、私たちが感じる負の感情は、そのほんの一部に過ぎないのかもしれない」と、舞子は静かに呟きました。

鳴海は舞子の言葉に深く頷き、自身の経験を語り始めます。

「出雲大社で感じたあの強烈な負の感情は、ただの怨念だけではありませんでした。どこか、**諦めにも似た悲しみと、それでもイザナギ様への、そして愛する子らへの切なる『願い』**が混じっていたように思います」

奈緒もまた、その言葉に共感しました。

「私も、イザナミの陵墓で感じたのは、恨みだけじゃなかったんです。『なぜ私だけがこんな目に遭わなければならないのか』という問いかけと同時に、『忘れないでほしい』という、ものすごく強い**『願い』**を感じたんです。まるで、その感情が私自身の孤独と共鳴するようで…それは、愛する人に理解されたい、忘れ去られたくないという、ごく自然な感情のように感じられました」

奈緒の言葉に、舞子ははっとしました。

「『忘れないでほしい』…それがイザナミの**『真なる名』を呼び覚ます鍵になるのかもしれない。つまり、イザナミの本質的な『願い』に触れること…それは、夫婦としての深い愛情、そして愛する子らへの思い**が、悲劇によって歪められてしまった、その根源にあるものを見つけ出すことなのかもしれない」

鳴海はスマートフォンを取り出し、事前に調べていた情報を確認します。

「出雲大社周辺には、イザナミにまつわる小さな祠や伝承が数多く残されています。特に、火に関わる神を祀る場所や、火を使った祭事の伝承にも注目すべきです。そして、イザナギ様とイザナミ様、二柱の神が共に祀られている場所や、夫婦の絆にまつわる伝承にもヒントがあるかもしれません。もしかしたら、その中にイザナミの真の**『願い』**を解き放つ手がかりが隠されているかもしれません」

「その通りね。イザナミの魂が最も強く反応する場所、つまり、火の神への恨みが最も色濃く残る場所と、同時にイザナギ様への愛、そして『忘れ去られたくない』という夫婦としての願いが込められた場所を探す必要があるわ」舞子の瞳には、確かな決意が宿っていました。

夜の帳が降りる頃、三人は出雲市内の宿に到着しました。簡単な食事を済ませると、すぐに鳴海が用意した地図を広げ、明日の調査計画を立て始めます。

「まずは、出雲大社の摂社や末社の中でも、特に火の神との関連が深いとされている火之神神社や竈門神社などを中心に調べてみましょう。同時に、イザナギ命とイザナミ命が共に祀られている社や、夫婦神としての伝承が残る場所も重点的に当たります。そして、地元の人々の間で語り継がれている伝承にも耳を傾けるべきです」と鳴海は提案します。

奈緒は、自分の感情を読み取る力が、この壮大な謎を解き明かすための重要な鍵となることを改めて自覚し、その能力を最大限に活かす覚悟を決めました。彼女は、イザナミの「恨み」の奥に隠された「愛されたい」という根源的な願いを読み解くことが、自身の孤独感と向き合うことにも繋がると感じていました。

外は満点の星空が広がり、遠くから波の音が聞こえてきます。この地には、太古の神々の息吹と、忘れ去られたイザナミの悲しみと、そして夫婦としての愛と願いが、今もなお深く刻まれている。三人は、それぞれの思いを胸に、静かに夜を過ごしました。翌朝からの探索が、イザナミの**「真なる名」**へと繋がる第一歩となることを信じて。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る