第34話 木箱と開示


木箱から響く悲しげな声に導かれるように、貞子はゆっくりと蓋に手をかけました。長年の時を経て、木箱はひどく朽ちていましたが、貞子の巫女としての力が触れた瞬間、古びた木材が微かに輝き、まるで呼吸をするかのように静かに蓋が開きました。

中には、繊細な布に包まれた、古い鏡が収められていました。鏡は曇っており、その表面にはひび割れが走っています。しかし、そこから放たれる優しい光は、イザナミの真の「願い」が込められていることを示唆しているようでした。

貞子が鏡を手に取ると、再びあの声が響き渡ります。

「…私は…ただ…愛されたかった…誰にも…忘れ去られたくはなかった…」

その声は、恨みではなく、深い孤独と切望に満ちていました。鏡に映る貞子の顔に、イザナミの涙が重なるように感じられます。

栞は、巻物をさらに読み進めていました。

「…真なる名は、鏡に映る魂の姿に宿り、失われた愛を呼び覚ます鍵となる…」

「貞子さん、この鏡は、イザナミ様の魂の一部が込められているのかもしれません。そして、私たちに、その魂の本当の姿と願いを見つめてほしいと願っているように思えます」

貞子は鏡をじっと見つめました。曇った表面の奥に、何か別の世界が広がっているような感覚を覚えます。それは、イザナミが経験した悲しみ、裏切り、そして愛への切なる願いが渦巻く、感情の深淵でした。

「この鏡が、『真なる名』を見つける手がかりになる。そして、イザナミの真の『願い』を理解し、鎮めるための道を示してくれるはずよ」

貞子は固く決意し、鏡を布で丁寧に包み直しました。猫島の夜はまだ長く、古井戸から感じる「黒い影」の気配も消えてはいません。しかし、この木箱から得られた手がかりは、二人の巫女に新たな希望をもたらしました。

貞子と栞は、鏡を大切に抱え、祠を後にしました。夜空には月が輝き、二人の行く道を静かに照らしています。この鏡が、出雲に向かった舞子たちと、離れてしまったイザナミの魂を再び繋ぎ合わせる、最後のピースとなるのかもしれない。

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