第32話 猫島
出雲へ向かうフェリーを見送った貞子と栞は、猫島の港に立ち尽くしていました。波の音が寂しく響く中、貞子は静かに言いました。「これで、私たちがやるべきことははっきりしたわね、栞さん」
栞は力強く頷きました。「はい、舞子姉さんが安心して出雲での探索に集中できるように、私たちがこの井戸をしっかり守らなければ」。彼女たちの視線は、島の中心にある古井戸が眠る方向へ向けられていました。井戸からは、奈緒が感じ取った「何か別の、より大きく、重い力」が、今もなお、微かに、しかし確かに漂ってきているのを感じます。それは、まるで目覚めを待つ巨人の呼吸のようでした。
「まずは、井戸の封印を強化する。そして、祠でイザナミの『願い』について、さらに深く調べる必要があるわ」と、貞子は手にした曾祖母の巻物を広げます。そこには、古の巫女たちが記したと思われる、かすれた文字と図が描かれていました。
二人は民宿へ戻り、最低限の荷物を持って古井戸へと向かいました。道中、島民たちの視線は以前よりも重く、すれ違う人々はどこか怯えたような表情をしています。「神隠し」の噂が、さらに強く島を覆い始めたことを二人は肌で感じていました。
古井戸に着くと、そこから発せられる負の感情は、より一層強くなっていました。近づくにつれて、耳元で「…忘れないで…」「…私を…」という、奈緒が感じたものと同じ「囁き」が聞こえてきます。それは悲しみと恨み、そして強い執着が入り混じった声で、心を深く揺さぶるものでした。
栞は巻物に目を落とし、貞子に言います。「貞子さん、この巻物には、負の感情が集中する場所の封印方法について記されています。そして、祠に書かれた『悲しみを抱きしめし乙女、その名はイザナミ』という言葉…」。貞子は目を閉じ、イザナミの深い悲しみとその裏にある「願い」について思考を巡らせます。
「『真なる名』とは、きっとイザナミの怨念の奥底にある、真の『願い』を見つけ出すこと。そして、その願いを鎮めることこそが、『黒い影』を完全に封じる鍵なのよ」と、貞子は静かに呟きました。
二人は、まず古井戸の周りに結界を張り、持参した護符を丁寧に配置していきます。貞子が「鎮魂の鈴」を手に取り、静かに鳴らし始めると、鈴の音は負の感情の渦巻く井戸の気配を、わずかにですが鎮めていくようでした。猫島の夜は長く、二人の巫女の戦いは、今、始まったばかりだ。
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