第31話 出雲の気配


出雲市駅に到着した舞子、鳴海、奈緒の三人は、レンタカーで行動を開始した。駅を出るとすぐに、どこか厳かで、それでいて懐かしさを感じる空気が全身を包み込んだ。

「以前来た時よりも、もっと強い気配を感じますね」。鳴海がハンドルを握りながら言った。「特に、あの『囁き』に似た、微かな波動のようなものが…」。

奈緒は助手席で、目を閉じて深く息を吸い込んだ。「そうですね…。悲しみと、諦めと、そして…底知れない恨みが混じり合ってる。でも、その奥に、何か別の…強い『願い』のようなものも感じるんです」。

舞子は後部座席から、静かに神話の記述を読み返していた。「イザナミが死んだ後、イザナギは黄泉の国へと彼女を追った。しかし、変わり果てた姿のイザナミを見て逃げ帰ってしまった…その時の彼女の怒りと悲しみは、計り知れないものだったでしょう」。舞子は顔を上げ、窓の外に広がる出雲の山々を見つめた。「私たちは、その根源的な感情に触れようとしているのかもしれない」。

最初に訪れたのは、イザナミの陵墓と伝えられる場所だった。鬱蒼とした木々に囲まれたその場所は、独特の重々しい空気に満ちていた。奈緒が近づくと、肌を刺すような強い感情の波が押し寄せた。

「これは…ものすごい感情の渦です…!」。奈緒は思わず膝をつきそうになった。「恨み…裏切り…そして、誰にも理解されない孤独…」。

鳴海が素早く奈緒の背中を支え、護符を取り出して翳した。一瞬、感情の波が和らぐ。

「しかし、その中に、どこか寂しげな…『なぜ私だけがこのような目に遭わなければならないのか』という問いかけのようなものも感じます」。奈緒は震える声で続けた。「そして、『忘れないでほしい』という、切なる願いが…」。

舞子は静かに耳を傾けていた。奈緒の言葉は、巻物に記された「真なる名」を呼び覚ますヒントになるかもしれない。イザナミの本質的な「願い」とは、この「忘れないでほしい」という感情に隠されているのだろうか。

「この場所だけでは、手がかりが足りないわね」。舞子は言った。「火の神への恨み、そして『忘れないでほしい』という願い…その両方に関連する場所を探す必要がある」。

鳴海は頷いた。「出雲大社の周辺には、摂社や末社が点在しています。中には、火に関わる神を祀る場所や、古来の伝承が残されている場所もあるはずです。それらを一つずつ当たってみましょう」。

三人は、イザナミの陵墓を後にし、新たな探索へと足を踏み出した。出雲の地は、静かに、しかし確実に、彼女たちの存在を歓迎しているようにも、試しているようにも感じられた。

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