第26話 共有
猫島の民宿の一室で、舞子、鳴海、貞子、栞、奈緒の五人は車座になっていた。再会の喜びも束の間、すぐに厳粛な空気が部屋を満たした。井戸から漂う不穏な気配が、皆の心をざわつかせている。
「まずは、それぞれの場所で何があったか、情報共有しましょう」
舞子が切り出した。彼女の目は、巫女としての冷静さと、妹たちの安否を気遣う優しさを宿している。
「猫島でのことは、私が話します」
奈緒が小さく手を挙げた。貞子と栞は、奈緒が自分の口から話すことに、少し驚いた表情を見せた。奈緒は顔を伏せがちに、サービスエリアで感じた貞子の抜け殻への共鳴から始まり、雑誌で猫島の井戸を知ったこと、そして井戸に触れた瞬間に感じた強烈な虚しさと、その奥で蠢く「もっと大きく、重い力」について語った。
「あの声は……私の孤独を、肯定するようだったんです。だから、つい……」
奈緒の告白に、舞子は静かに頷いた。鳴海は、奈緒の手をそっと握った。誰も奈緒を責めることはなかった。むしろ、彼女の純粋な感情と、それゆえに「黒い影」に引き寄せられてしまったことに、皆が胸を痛めた。
次に、貞子が口を開いた。
「奈緒ちゃんが井戸に触れた時、私も博多で胸騒ぎを感じました。あの時、私の心臓が握りつぶされるような痛みと、全身を駆け巡る悪寒に襲われたんです。まるで、井戸の封印が解けたような……」
貞子の言葉に、舞子は目を見張った。やはり、二つの場所が繋がっている。
「貞子さんからの連絡で、私もすぐに猫島へ駆けつけました」
栞が付け加えた。
「そして、舞子さんと私は、奈緒が黒い影に誘われて狗ヶ岳にいると思って、ずっと探し回っていたわ」
鳴海が、疲労の滲む声で語った。
「狗ヶ岳では、山全体から強い負のエネルギーを感じていたの。奈緒が感じた『奇妙な囁き』の噂も耳にしたわ。それが、**『神隠しの森』**へと続く道だと思っていた」
舞子が説明を補足する。そして、最も重要な情報として、蔵で見つけた曾祖母の巫女の道具についても話した。
「蔵で、**『鎮魂の鈴』と護符、そして古びた巻物を見つけたわ。巻物には『黒い影』について記されていて、その力を弱め、『真なる名』を呼び覚ますべしと書かれていた。それに、狗ヶ岳の『神隠しの森』**が記された地図も挟まっていて……」
舞子の言葉に、鳴海は息を呑んだ。「真なる名」という言葉は、鳴海が以前、出雲大社で「黄泉比良坂」という言葉を見つけた際に、「海門」が境界を指す可能性に気づいたことと、無関係ではないように思えた。
「ということは、奈緒が井戸で感じた『大きな力』と、狗ヶ岳に潜む『黒い影』は、同じ存在の異なる側面を見せていたということね」
貞子が静かに結論付けた。皆の顔に、新たな決意の光が宿る。
「ええ。そして、その『黒い影』こそが、貞子ちゃんを蝕み、この地に負の連鎖をもたらしている根源。おそらく、雫さんが追っているのも、この『黒い影』そのものよ」
舞子の言葉に、鳴海の表情が曇った。
「そうね……奈緒が解放された後も、雫さんは『黒い影の残滓』を追っていたわ。奈緒が猫島にいたとなると、雫さんは、今どこにいるのかしら……」
再び、雫の行方という懸念が浮上した。しかし、今は目の前の危機に対処することが最優先だ。
「まずは、この井戸の封印を強化する必要があるわ。そして、巻物に書かれていた『真なる名』の手がかりを探す。それが、『黒い影』を完全に封じる鍵になるはずよ」
舞子の言葉に、貞子と栞、そして鳴海と奈緒も強く頷いた。五人の巫女の力が、今、猫島で一つになろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます