第23話 新たな懸念


舞子は、栞からの電話で奈緒の無事を知り、心底安堵した。狗ヶ岳の薄暗い森の中で、どれほど奈緒の身を案じていたことか。黒い影に囚われ、冷酷な存在に変貌した奈緒の姿が脳裏をよぎり、胸が締め付けられる思いだった。しかし、今は猫島で貞子と栞と共にいるという。その事実だけで、舞子の心は大きく軽くなった。

「奈緒が無事でよかった……本当に」

舞子は、隣で息を切らしている鳴海の顔を見つめた。彼女もまた、奈緒の安否を気遣い、足を引きずりながらも必死に森を歩き続けていたのだ。鳴海の足は、狗ヶ岳での探索でさらに悪化しているように見えた。

「鳴海さん、もうこれ以上は厳しいわ。奈緒も無事と分かったし、それに今は昼間よ。ここは一度下山して、体制を整える必要があるわ」

舞子は、鳴海の足に気を遣いながら諭した。無理をすれば、彼女の怪我を悪化させるだけだ。それに、猫島と狗ヶ岳、二つの場所で同時に「黒い影」が動き出しているとなると、慎重に対処する必要がある。今は闇雲に動くべきではない。

鳴海は、舞子の言葉に頷いた。疲労困憊の表情ではあったが、奈緒の無事を知らせる舞子の言葉に、その顔には安堵の色が浮かんでいた。

「そうね……私ももう限界みたい。それに、奈緒が無事なら、今は猫島での状況を詳しく聞きたいわ」

二人はゆっくりと、狗ヶ岳の山道を下り始めた。足元に注意を払いながら、舞子は頭の中で情報を整理していた。奈緒が無事だったことは何よりも喜ばしい。しかし、奈緒が猫島にいたとなると、当然ながら新たな疑問が湧いてくる。

「でも、奈緒が猫島にいたのなら……**雫(しずく)**さんはどこにいるんだろう?」

舞子の問いに、鳴海は首を振った。雫が奈緒を黒い影から解放した後も、その残滓を追って姿を消したことは知っている。だが、どこへ行ったのか、その手がかりは掴めていなかった。

山道を下り、最寄りの駅までタクシーで向かう。乗り継ぎの電車を待つ間、鳴海は舞子の隣のベンチに座り、疲れたように目を閉じた。舞子は、そんな鳴海を気遣いながら、猫島での奈緒の様子を詳しく話し始めた。

「奈緒ちゃんは、井戸に触れた時に、自分の孤独と、井戸の底から聞こえてきた悲しみが共鳴したって言っていたわ。そして、もっと大きな、重い力が蠢いているのを感じたって……。多分、それが、鳴海さんが言っていた**『歪んだ門』**に関係しているんだと思う」

舞子の言葉に、鳴海はゆっくりと目を開いた。奈緒が感じ取ったものが、まさに自分たちが追っているものの核心に触れていることを理解した。そして、猫島の古井戸と狗ヶ岳が、互いに影響し合っている可能性も浮上してきた。

「奈緒は、巫女の力がないって悩んでいたけど……彼女の『人の感情を読み取る力』が、私たちには見えない、感じ取れない『黒い影』の本質を捉えたのかもしれない」

鳴海は、そう呟き、遠くを見つめた。彼女の目には、奈緒への心配と、新たな使命感が宿っていた。舞子もまた、奈緒の持つ特殊な能力が、今回の事態を解明する鍵になるかもしれないと感じていた。

やがて、博多行きの電車がホームに滑り込んできた。二人は、猫島へ向かう新たな決意を胸に、車両へと乗り込んだ。

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