第22話 繋がりゆく糸


猫島の古井戸の前で、貞子、栞、奈緒の三人は重い沈黙に包まれていた。奈緒の告白は、単なる好奇心から井戸に触れたというだけでは済まされない、新たな事態の発生を示唆していた。

「舞子さんに連絡しないと……」

貞子の言葉に、栞はすぐに頷いた。彼女もまた、この状況の深刻さを肌で感じ取っていた。

栞はスマートフォンを取り出し、戸惑いながらも舞子の番号をタップした。呼び出し音が鳴る間、彼女の胸は不安でざわめいた。一体、舞子は何と言うだろう。そして、今どこにいるのだろうか。

数回の呼び出し音の後、電話の向こうから舞子の声が聞こえてきた。しかし、その声はどこか遠く、途切れがちだった。

「もしもし、栞?どうしたの、こんな時に……奈緒、見つかった?」

舞子の声に、微かな疲労と、風の音が混じっていた。彼女は鳴海と共に、奈緒が黒い影に囚われて狗ヶ岳にいると思い込み、必死で山の中を探し回っていたのだ。

「舞子!今、どこにいるの!?猫島の井戸で大変なことが……奈緒なら、ここにいるわ!」

栞は堰を切ったように、猫島で奈緒が井戸に触れたこと、そして井戸から以前よりもさらに重苦しい気配が漂っていることを早口で伝えた。奈緒が感じ取った「何か別の、より大きく、重い力」のことも。

舞子の声が、一瞬途切れた。安堵と驚きが入り混じったような沈黙の後、はっきりと聞き取れる声で、彼女は答えた。

「奈緒がここに……?よかった……!私たちは今、鳴海さんと狗ヶ岳(くがたけ)にいるの。奈緒が黒い影に誘われてここにいると思って、ずっと探していたわ。まさか、猫島の井戸とも繋がっていたなんて……」

狗ヶ岳。そこは、以前、水野鳴海が「海門」の手がかりを探していた場所であり、舞子も「神隠しの森」の謎を追って向かった場所だ。そして、羽田雫が「黒い影」を追って奈緒が誘い込まれた可能性が高いと推測された場所でもあった。

「狗ヶ岳に……?ということは、鳴海さんも一緒に必死に探してくれてたのね」

栞の問いに、舞子は「ええ」と答えた。

「詳しいことは後で話すわ。でも、今、猫島の井戸で奈緒ちゃんが感じた力と、私たちが狗ヶ岳で感じている力が、明らかに共鳴し合っている。これは、**貞子ちゃんを蝕んだあの『黒い影』**が、再び動き出した証拠よ。そして、奈緒ちゃんが井戸に触れたことで、その動きが加速した可能性がある」

舞子の冷静な分析に、栞は背筋が凍る思いがした。貞子の過去の戦い。そして、奈緒が感じた「自分にしかない力」が、皮肉にも新たな危機を招いてしまったのだ。

「貞子ちゃんも、奈緒ちゃんも、今は無事なの?無理はしないで。私もすぐにそっちへ向かうわ」

舞子の言葉には、妹たちを案じる優しい響きがあった。

「ええ、二人とも大丈夫。貞子ちゃんも、奈緒ちゃんもここにいるわ。でも、この井戸の気配は尋常じゃないわ。早く来て、舞子!」

栞は、舞子に現状を伝えつつ、助けを求めた。

「分かったわ。鳴海さんとすぐに狗ヶ岳から戻る。あなたたちは、絶対に井戸から離れないで。そして、何が起きても、絶対に中を覗かないでちょうだい」

舞子の声は、命令するような強い響きを帯びていた。それは、彼女がどれほどこの事態を危惧しているかの表れだった。電話が切れ、静寂が戻った井戸の前に、貞子、栞、奈緒の三人は立ち尽くした。遠く離れた狗ヶ岳と猫島。二つの場所に散らばっていた情報が、ここにきて一本の線で繋がった。

「黒い影」の胎動。それは、これまで以上に広範囲に、そして巧妙に、この世界に浸食しようとしているかのようだった。貞子の長く苦しい戦いは、まだ終わっていなかったのだ。

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