第18話 水野奈緒

奈緒は、再び目を凝らしたが、そこに人影はなかった。白いワンピースの影も、聞こえたはずの声も、まるで最初から存在しなかったかのように、闇夜に溶け込んでいる。

「……疲れてるんだ、きっと……」

奈緒は自分に言い聞かせるように呟いた。しかし、心の奥底には、あの声が確かに響いたという確信が残っていた。そして、その声が、彼女自身の心の奥底に眠る虚しさや焦燥感を、そのまま肯定してくれたかのような感覚も。

貞子の抜け殻は、貞子自身に受け入れられ、浄化された。魂は救われたのだと、鳴海は言っていた。だが、本当にそうだろうか? 奈緒の心には、拭いきれない疑念があった。サービスエリアで感じたあの強烈な悲しみ。あれほどの感情が、本当に完全に消え去ったのだろうか?

「私も、救われたい……」

奈緒の心に、強い願いが湧き上がった。この無力感から、自分だけが取り残されているという孤独感から、解放されたい。そして、その解放の鍵が、あの雑誌に描かれていた、猫島の古びた井戸にあるような気がした。

夜はまだ長い。奈緒はベッドに戻り、目を閉じた。しかし、眠りは訪れなかった。頭の中では、古井戸の情景と、そこに佇む白い影のイメージが繰り返し現れる。あの井戸に行けば、何かが見つかるかもしれない。自分の心も、救われるかもしれない。

静かに、そして確かな決意を胸に、奈緒は夜が明けるのを待った。朝日が昇り、新しい一日が始まることを、奈緒はこれほど待ち望んだことはなかった。

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