第17話 闇へと誘う声


奈緒がアパートへ戻ると、リビングの明かりは既に消え、静寂に包まれていた。鳴海も雫も、それぞれの部屋に戻ったのだろう。奈緒は誰にも気づかれることなく、自分の部屋のドアを静かに閉めた。手にした雑誌をベッドサイドのテーブルに置き、彼女はそのままベッドに腰を下ろす。

部屋の暗闇が、奈緒の心を支配する孤独感をさらに深くした。雑誌の表紙に描かれた井戸と白い影が、彼女の脳裏に焼き付いている。

「私には、巫女の力なんてない……」

奈緒は、再びその言葉を心の中で繰り返した。鳴海や舞子、雫が持つ特別な力。それを持たない自分は、いつも誰かの陰に隠れてばかりで、何も成し遂げられない。そんな無力感が、奈緒の心を深く蝕んでいく。

その時、部屋の隅から、微かな声が聞こえた気がした。

「……来て……」

それは、耳元で囁かれるような、しかし心の奥底に直接響くような、不思議な声だった。奈緒は、思わず息をのむ。幻聴だろうか? 疲れからくるものか?

しかし、その声は再び、今度はもう少しはっきりと響いた。

「……私のところへ……」

その声は、悲しみを帯びながらも、奈緒の心に奇妙な安らぎを与えるかのように響いた。奈緒は、体が鉛のように重いにもかかわらず、まるで何かに引き寄せられるかのようにベッドから立ち上がった。

窓の外は、満月の夜だった。月明かりが部屋に差し込み、ぼんやりと辺りを照らしている。奈緒は、ゆっくりと窓に近づき、外を見下ろした。

そして、そこに――。

アパートの敷地内の、普段は誰も近づかない、古びた物置の影に、白いワンピースの影が揺らめいているのが見えた。顔は見えない。しかし、その影から、奈緒が以前サービスエリアで感じた、あの強烈な悲しみの感情が、波のように押し寄せてきた。

「……あなたの感情は……私と同じ……」

声は、今度はさらに明確に、奈緒の心に語りかけた。それは、奈緒が心の奥底に隠していた、誰にも理解されない孤独感、そして無力感を、そっくりそのまま肯定するかのような響きを持っていた。

奈緒の瞳に、奇妙な光が宿った。それは恐怖でも、驚きでもない。まるで、ずっと探し求めていたものを見つけたかのような、ある種の安堵と、抗いがたい魅了が入り混じった光だった。

「私だけじゃない……」

奈緒は、物置の影に揺らめく白い影に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。まるで、影に触れることで、自身の心の空白が埋められるかのように。

その夜、水野奈緒は、誰も知らない秘密の扉を開けようとしていた。それは、彼女自身の奥底に眠る闇と共鳴し、新たな物語の始まりを告げる、危険な一歩となるだろう。

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