第16話 独り見つめる夜
奈緒はアパートのドアを閉めると、まるで魂が抜けたように廊下を歩き始めた。足取りは鉛のように重く、心臓の奥が冷たく締め付けられるような感覚が全身を支配する。深夜のコンビニへ向かう道すがら、彼女の心の中は、嫉妬、焦燥、そして絶望にも似た感情で満たされていた。
「巫女の力……舞子を助ける……私には何もないッ!」
月明かりの下、アスファルトに映る自身の影が、普段よりも小さく、頼りなく、そして何よりも虚しく見えた。コンビニの自動ドアが開くと、明るい光と涼しい空気が奈緒の頬を撫でたが、その光は奈緒の心の奥底に巣食う闇を照らすことはなかった。
彼女は、目的もなく店内をうろついた。色とりどりのお菓子や飲み物が並ぶ棚をぼんやりと眺めながら、奈緒は自身の内面に深く、深く沈み込んでいた。
「なぜ私だけが……なぜ私だけが、何も持たないの……!」
ふと、目に留まったのは、雑誌コーナーの一角だった。そこには、地元で起きた不思議な現象や、古くから伝わる伝承を特集した雑誌が並んでいた。まるで磁石に引き寄せられるように、奈緒は一冊の雑誌を手に取った。表紙には、古びた井戸と、そこに漂う白い影のイラストが描かれている。
「貞子……」
その文字を見た瞬間、奈緒の胸が強く締め付けられた。サービスエリアで感じた、あの強烈な悲しみと、共鳴する痛み。あの抜け殻は、貞子のものだったと、鳴海から聞かされていた。そして、貞子さんが、その抜け殻を、あの深い悲しみごと受け入れ、改心させたことを思い出した。
「私には巫女の力なんてない。でも、この人の感情を読み取る力は、もしかしたら……もしかしたら、この力だけは、私だけのものなんじゃないか……?」
奈緒は、雑誌を握りしめ、ゆっくりとレジへと向かった。彼女の心には、冷たい決意の炎が、静かに、しかし確かに燃え上がり始めていた。それは、誰にも頼らず、自分自身の力で、この虚しさから抜け出し、何かを見つけ出したいという、静かな、しかし確かな思いだった。
アパートへ戻る奈緒の足は、来る時よりもいくらか軽くなっていた。彼女は、手にした雑誌をじっと見つめる。その瞳の奥には、まだ誰も知らない、秘められた探求の炎が、激しく灯っていた。
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