第12話 夜明けの光


舞子と鳴海は、無我夢中で闇の中を走り続けていた。虚ろな影たちの「囁き」は執拗に追いかけてくるが、舞子の護符の光と、時折鳴らす鎮魂の鈴の音が、わずかながら彼らを遠ざけていた。足元はぬかるみ、木の根が複雑に絡み合い、何度も転びそうになる。鳴海の足の怪我は限界に達しているようだった。

「舞子さん…もう、限界…」

鳴海の息が切れ切れになる。舞子もまた、体力の消耗が激しく、巫女としての霊力も底をつきかけていた。しかし、ここで立ち止まれば、確実に影に囚われてしまう。舞子は必死に前へ進もうとする。

その時、閉ざされた木々の隙間から、微かな光が差し込んできた。最初は気のせいかと思ったが、その光は次第に強さを増していく。

「…見て、鳴海さん!」

舞子が指さす方向を見ると、確かに闇の先に、ぼんやりと明るい空の色が見える。夜が明けるのだ。

「夜明け…!」

鳴海の目に、希望の光が宿る。黒い影の力が最も強まるのは夜だ。日の光が差せば、その力は弱まるはず。舞子は、最後の力を振り絞って、その光の方向へと鳴海を引っ張った。

闇の領域から抜け出すと、そこは薄明かりに包まれた森の小道だった。空は青みがかり、東の空は茜色に染まり始めている。太陽の光が木々の間から差し込み、ひんやりとした空気を温めていく。

「はぁ…はぁ…」

舞子と鳴海は、その場にへたり込んだ。全身の力が抜け落ち、座り込むのが精一杯だった。しかし、体は疲弊しきっていても、二人の心には、夜明けの光が温かく灯っていた。

「助かった…」

鳴海が安堵のため息をつく。舞子もまた、大きく息を吸い込み、澄んだ山の空気を体に取り込んだ。黒い影の「囁き」は、もう聞こえない。少なくとも、今は。

しかし、安堵も束の間、舞子はハッと顔を上げた。

「奈緒と雫は…!」

夜明けの光が差したとはいえ、二人が無事だという保証はどこにもない。むしろ、影の力が弱まる夜明けこそ、黒い影が奈緒と雫を別の場所へ隠す可能性もある。巻物に記された**「真なる名」**とは、一体何を指すのか。夜が明けた今、その手がかりを見つける必要がある。

舞子は、疲れた体に鞭打ち、ゆっくりと立ち上がった。

「鳴海さん、もう少しだけ…頑張りましょう。日が昇っているうちに、奈緒と雫を見つけ出さないと…」

鳴海もまた、舞子の言葉に頷き、震える足で立ち上がろうとした。夜明けの光は、一時的な安息を与えてくれたが、本当の戦いは、これから始まるのだ。彼女らは再び、この広大な神隠しの森の中で、大切な姉妹を探し始める。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る