第11話 影の領域
舞子と鳴海が、さらに「神隠しの森」の奥深くへと進むと、空気は一層重く、冷たくなった。木々はまるで骨のようにねじれ、陽光は全く届かず、あたりは漆黒の闇に包まれている。鎮魂の鈴の微かな光だけが、辛うじて足元を照らしていた。虚ろな女性たちのシルエットは、もはや点在するだけでなく、道の両脇をびっしりと埋め尽くしている。彼女たちの視線は、舞子と鳴海に向けられているように感じられた。
「…これは、道ではありません。影が作り出した、彼ら自身の領域です。」
鳴海の声は震えていた。舞子もまた、肌で感じるほどの負のエネルギーに、強い吐き気を催しそうになる。巻物には**「黒い影」はその力を弱め、「真なる名」**を呼び覚ますべしと書かれていたが、一体どうすればこの圧倒的な闇の中で、その手がかりを見つけられるのだろうか。
その時、虚ろな女性たちの群れの中から、一際強い霊気を放つ影が舞子の前に現れた。黒い長髪、細身のシルエット。先ほど舞子が見た、奈緒にそっくりな幻影だった。
「奈緒…!」
舞子が再び声を上げる。しかし、その影は無言で舞子を見つめ、ゆっくりと右手を差し出した。その指先からは、墨のように黒い瘴気がゆらゆらと立ち上っている。
「舞子さん、気を付けて!あれは奈緒ではありません!影が作り出した…誘惑です!」
鳴海が叫んだ。舞子も直感的にそれが奈緒ではないと理解していた。その目は、奈緒の温かさとはかけ離れた、冷たく虚無的な輝きを放っていたからだ。
「黒い影…私を誘い込もうとしているのね。」
舞子は警戒を強め、差し出された手を取ろうとしない。すると、奈緒の姿をした影は、ふっとその場に溶けるように消え、代わりに背後から別の影が迫りくる気配がした。
「後ろです、舞子さん!」
鳴海の声に振り返ると、今度は雫に似た影が立っていた。しかし、その顔は苦痛に歪み、舞子を突き放すように手を広げている。
『来るな…これ以上は…!』
その声は、雫のものであるはずなのに、まるで何かに苦しめられているかのようだった。舞子の心に、激しい動揺が走る。
「雫…本当にあなたなの…?」
舞子が手を伸ばそうとした瞬間、雫の影はまるで霧のように崩れ去り、同時に無数の虚ろな影たちが、舞子たちを取り囲むように迫ってきた。彼女たちの口から、まるで合唱のように「囁き」が響き渡る。
『…来い…我らの仲間となれ…』
『…お前もまた…永遠にここに…』
その声は舞子の頭の中に直接響き、まるで頭を掻き乱されるような感覚に襲われる。舞子は、鎮魂の鈴を激しく鳴らし、その清らかな音で「囁き」をかき消そうと試みる。鈴の音は、一瞬だけ影たちの動きを鈍らせたが、すぐにまた「囁き」の波が押し寄せてくる。
「くっ…強い…!」
舞子の巫女としての力が、この闇の中でじわじわと削り取られていくのを感じる。鳴海も足の怪我で思うように動けず、舞子の横で息を荒げていた。このままでは、二人とも影に捕らわれてしまう。
舞子は意を決し、懐から護符を数枚取り出した。そして、全霊を込めて護符に力を注ぎ込み、影たちに向かって投げつける。護符はまばゆい光を放ち、影たちを一時的に怯ませた。その隙を突き、舞子は鳴海の手を取り、さらに奥へと走り出した。
「大丈夫ですか、鳴海さん!」
「ええ、何とか…!しかし、これ以上は…」
鳴海の言葉に、舞子は焦燥感を覚える。この闇を打ち破る手がかりは、どこにあるのか。巻物の**「真なる名」**とは、何を指しているのか。そして、本当に奈緒と雫を救い出すことができるのだろうか。
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