第10話 神隠しの森


「神隠しの森」の中心部に向かうと、舞子の目に飛び込んできたのは、奇妙な光景だった。古びた巨木の根元に、数人の女性のシルエットがぼんやりと浮かび上がっている。皆、虚ろな表情で、まるで魂を抜き取られたかのように静かに立ち尽くしている。

「…あれは…!」

舞子が息を呑む。鳴海もその光景を見て、顔色を変えた。

「神隠しに遭った人々…この山に囚われた魂たち…」

鳴海の言葉に、舞子は背筋が凍るような感覚を覚えた。あの「囁き」が、彼女らをここに誘い込み、そして、このような姿に変えてしまったのだろうか。先ほど見た奈緒らしき影も、もしかしたら、この中に引き込まれてしまったのかもしれない。

舞子は、その中に奈緒の姿を探したが、どれも似たようなシルエットで判別がつかない。彼女たちの目には光がなく、ただただ虚空を見つめている。

「まさか、あの影は奈緒じゃなかったのか…?それとも、奈緒もあんな風に…」

舞子の心に、新たな不安がよぎる。もし、奈緒がすでに意識を失い、影の操り人形と化しているとしたら…。そして、雫はそんな奈緒を救い出すために、この中に分け入ったのだろうか。

「舞子さん、気を付けてください。彼らは…『囁き』に完全に支配されています。私たちに気づくと、襲いかかってくるかもしれません。」

鳴海の警告に、舞子は鎮魂の鈴を強く握りしめた。彼女たちの霊気が、まるで重い空気のように舞子にのしかかってくる。これは、黒い影が作り出した、生きている牢獄なのだ。

「…鎮魂の鈴で、彼らの苦しみを少しでも和らげられるかもしれません。」

舞子はそう呟き、ゆっくりと鈴を鳴らした。清らかな鈴の音が森に響き渡ると、虚ろな女性たちのシルエットが、微かに揺らぐ。しかし、彼女たちの表情に変化はなく、その目は未だに虚空を見つめていた。黒い影の支配は、舞子の想像以上に深く、強力だった。

舞子は、ここで立ち止まっているわけにはいかないと決意した。この神隠しの森のさらに奥に、黒い影の本体、そして奈緒と雫が囚われている場所があるはずだ。

「鳴海さん、もう少し奥へ進みましょう。奈緒と雫は、きっとこの先にいます。」

舞子は覚悟を決め、鎮魂の鈴を鳴らし続けながら、さらに闇の奥へと足を踏み入れた。虚ろな影たちの間をすり抜けるように進む舞子の背後で、再び「囁き」が響き始める。今度は、より明確に、そして、怒りを帯びた声で。

『来るな…これ以上、踏み込むな…お前もまた、我らの糧となるのだ…』

その声は、舞子の心を直接揺さぶり、巫女としての力を試しているかのようだった。舞子の額には、冷たい汗が滲む。しかし、彼女の瞳には、決して揺るがない決意の光が宿っていた。


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