第2話 頭部外傷の初期診療

 一口に頭部外傷といってもピンキリだ。

 軽いのは「ちょっと頭を打ってボーッとしている」というもので、コッツン外傷と呼ばれている。


 一方、頭蓋骨が変形していたり粉砕されていたり、脳の一部が吹っ飛ばされて欠損している事もある。

 その欠損した部分は事故現場に落ちているのだろうけど、仮にそんなものを持ってこられても元に戻す事はできない。

 治療する側としては、残っている脳の断面を止血し、汚染された頭蓋骨片を除去し、頭皮を消毒して縫合を行うだけだ。


 多くの場合、患者本人は意識がないか鎮静されているので、病状や治療方針の説明は待機している家族に行う。

 ここでは事故の被害者が男性サラリーマン、家族が奥さんとしよう。

 この男性は交通事故を食らってしまったので、爺古倉太じいこ くらたさんという名前にしておく。 


 筆者の場合、言うことはいつも一緒だ。


「御主人は大変厳しい状況にあります。まずは救命することを最優先に治療を行います。次に意識の回復を図ります。そして、できるだけ後遺症が少なくなるようにリハビリが必要です」


 こう言うと「どのような後遺症が考えられるのでしょうか?」と奥さんに尋ねられるのが常だ。

 これに対しても言うべきことは決まっている。


「手足の麻痺や言語障害です」


 そう言われても一般の人はイメージする事ができない。

 だから端的に「要するに、寝たきり・車椅子の状態です」と言う。

 ここに至ってようやく事の重大さが奥さんに伝わるというわけだ。

 病状説明を聞いて倒れそうになる人もいるので、すぐに手で支えられるよう心掛けておかなくてはならない。


 何割かの症例は急性硬膜外血腫や脳挫傷などで緊急開頭手術を要する。

 が、これとて奇跡のように患者を生き返らせるわけではない。

 せいぜい、刻一刻と悪化する状況を何とか食い止め、あわよくば改善させる、という程度だ。


 あと、患者にどのくらいの感情移入をするか。

 ついさっきまで元気だった人が、いきなり生死の境を彷徨うわけだから、これ以上ないほどの理不尽な状況だ。

 が、実際は筆者が患者に感情移入する事は殆どない。

 初療室で治療している時点では赤の他人だからだ。


 目の前の患者も、アフリカの崖から落ちた人も同じ。

 己の信じる治療を黙々と実行するのみ。

 むしろ感情移入しすぎる医師は治療に関わらない方がいい。

 自分が泣いたり喚いたりしていたら判断が狂ってしまう。

 もし筆者自身が患者であったなら、感情的になる医師よりも冷静な医師に治療してもらいたい。


 以後、初療室後の時系列に沿って治療の流れを説明しよう。

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