吸血鬼の末裔たち
藤泉都理
吸血鬼の末裔たち
史上最速の猛暑日が観測された五月のとある日。
吸血鬼の末裔である少女、
先程から蠱惑的な香りがずっと漂っているのである。
(いい加減にしてくれませんかね?)
春花の苛立ちは頂点を突破し続けていた。
爽やかな五月に三十五度という猛暑日を弾き出した事に加えて、この香りである。
吸血鬼の末裔と言っても、超人的な身体能力があるわけでもなければ、吸血行為ができるわけでもない。
ただ、美味しそうな血の香りを嗅ぎ取る事ができるだけだ。
普段であれば、花の香りを楽しむように、血の香りをただ満足して嗅ぐだけであった。
けれど今回はそんな悠長な事を言ってはいられなかった。
とにかく、血を吸えと言わんばかりに引き寄せる香りなのである。
(ああもう苛々しますね。牙は伸びず吸血行為はできませんが、噛む事はできるんですよ。噛んで肉の感触だけ堪能してやりましょうか?)
鼻を強く抓んでも遮断できない血の香りに物騒な考えが浮かぶも、そんな事をしたら社会的に抹殺される我慢我慢と耐え忍ぶ道を選んだ春花。さっさとこの血の香りから離れようとするも、追いかけてくるのだ。
不審者に追われていると警察署に逃げ込もうかとの考えが浮かんだその時の事であった。
「自制もできぬとは思いもしなかったな。はあ。初歩から教えねばならぬのか」
「………」
黒のシルクハット、黒のマント、黒のタキシードを纏う長身で真っ赤な口紅を唇に塗る男性の登場に、春花は無言で防犯ブザーの栓を引き抜いたのであった。
「私はおまえの両親から吸血鬼の力を制御できるようにと頼まれた先生だ。名前は先程警察官にも言ったが、
防犯ブザーを聞きつけた警察官に身分証明書を提示しながら、春花の両親に電話で説明してもらい身の潔白を証明した月季。おまえより力の強い吸血鬼だと言いながら、春花の頭を優しく叩いた。
「セクハラですよ」
「我慢はよくない。噛んでもいい。吸血鬼同士での吸血行為は御法度だが、肉を噛むくらいならいい。どうせおまえは吸血行為はできないがな」
「先生は何を教えてくれるんですか?」
「まずはその不満顔を解消する方法だ。即ち、吸血鬼の力をさらに弱ませる方法。血の香りの嗅ぎ取りをできないようにする方法だ」
「えっ? 本当ですか?」
「ああ。だからまずはほら。噛め」
「………」
「防犯ブザーを持つな。分かった。手が嫌なら肩でもどこでもいい。とにかく今はおまえの昂りを収めるのが最優先なんだ」
「………こんな道中では嫌です。早く両親の居る家に帰りましょう」
「おまえの速度に合わせていては遅い。暴走してしまう。おんぶか姫抱っこか選べ」
「………………こんな暑い日に暑い格好をした男と密着なんて嫌です」
「………分かった。姫抱っこだな。せいぜいバカップルのように接してやるから覚悟しろよ」
「うふふ。ダーリンって呼んでやりましょうか?」
「………暑さで頭もやられているな。急ごう」
「誰がですか」
問答無用で姫抱っこをされた春花。強く鼻を抓んだままの彼女は知る由もなかった。
その後、月季への噛み癖がついてしまう事をまだまだ。
「そう嘆くな。今まで我慢した結果だ。気長に治していくぞ」
「………うう。嫌なのに。嫌なのに、かじかじ甘噛みせずにはいられないなんて、」
(2025.5.23)
吸血鬼の末裔たち 藤泉都理 @fujitori
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