第10話 村人B、禁断の封を開ける

 コンテナの封印が、音もなく完全に解かれた。


 ロウが両手で扉を押し開くと、その奥に現れたのは──


「……これは……」


 エリナが思わず息を呑む。中には一振りの装備でも、ひとつの道具でもない、“構造体”とでも呼ぶべき巨大な装置群が収められていた。


 漆黒の装甲と、赤い魔力炉心。各部に複数のアームやブースター、変形機構を備えたその姿は、まるで「戦うために生まれた鋼の神」。


 中央に埋め込まれている、銘のプレートがきらりと光る。


《神滅装アトロポス》


 クラウスがごくりと唾を飲む。


「……まじかよ。これが、“作っちまった”って噂の……」


「ああ。魔王を一撃で葬るために設計した、全力全開の《戦闘鍛造装備{アーク・ブレイサー}》だ」


 ロウは無言で装置の前に歩み寄る。その表情に、かつての静寂はなかった。


「これを最後に、《創鋼の熾火》は“創るのをやめた”」


「……どういう意味……ですか?」


 エリナの問いに、ロウは答える。


「これは“強すぎたんだ”。使えば、相手を滅ぼすことはできるが──使った者も、壊れる」


 それはかつて、ある勇者の命を奪った事実でもあった。


「当時の《創鋼の熾火》は、ただ最強を求めていた。だが、あまりにそれは“戦い”から逸脱していたんだ」


 ロウは懐から古びた鍵を取り出し、アトロポスの炉心にかざす。


「今なら制御できる。だが……これはもう、兵器だ。鍛冶師の作るべき“道具”じゃない」


 炉心が脈動を始めた瞬間、周囲の空気が震えた。濃密な魔力が周囲を満たし、天井の封印石が軋む。


「ちょ、ちょっと待て! 本当に起動させるのかよ!?」


 クラウスの叫びにもロウは動じず、淡々と手順をこなしていく。


「“あれ”が動き出してる。間違いない。この力が必要になる」


「“あれ”?」


 カイルが険しい表情になる。


「師匠……まさか、もう“動いている”んですか? "終焉ノ坩堝"が……」


 ロウは静かにうなずいた。


「少し前、魔力の“逆流”を感じた。あそこに眠らせた《試作型》が、誰かの手で目覚めたんだ」


「なっ……!?」


 カイルが目を見開く。クラウスも血の気が引いた顔になる。


「それ……誰かが、お前の封印を解いたってことか?」


「そうだ。俺以外に扱えるはずのない、あの《神滅装》をな」


 空気が、重く沈む。


 このまま放っておけば、世界にとって再び“滅びの火種”が広がることになる。


「行くぞ。今度は、俺自身が責任を取る」


 ロウは静かに宣言した。


 その瞳には、千年前と変わらぬ覚悟が宿っていた。


「私も、行きます」


 エリナが即座に答える。その手には、蒼銀に輝く《封鋼刃ミュリア・リビルド》。


「今度は、誰も壊させないために──私が“あなたの武器”になります」


 カイルもまた、頷いた。


「ギルドの代表としても、止めるわけにはいきません。師匠、私もご一緒します」


 クラウスは溜息をつきながら肩をすくめた。


「ったく……最終決戦のノリじゃねぇかよ。……まあ、いい。俺も行くぞ。今さら置いていかれてもムカつくしな」


 そして、再び三人──否、四人となったロウの一行は、地下から地上へと歩を進める。


 向かう先は、すべてが始まり、すべてが終わる場所──《終焉ノ坩堝》。

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