雨は降っていないものの、黒い雲に空一面が覆われた、平日の朝。とある中学校の屋上に、一人の男子生徒がいる。顔はやや幼い印象で、背も少々低いが、短髪で、太っても瘦せてもいない、普通の中学生と表すのがしっくりくる見た目である。

 屋上を囲う柵越しに景色を眺めていた彼のもとに、こちらも一人の、女子生徒が近づいてきた。

「ここにいたの」

 肩までの長さの髪の彼女も、際立ったところはなく、普通という単語が適している外見をしているけれども、敢えて特徴を挙げるならば、優等生だろうと思わせる、真面目でしっかりした雰囲気がある。

 女子生徒のほうの背丈はその年頃の女のコの平均より若干高く、声をかけた男子生徒に対しても少しだけ上回る。

「よお」

 男子は彼女に視線を移して返事をした。

「何してんの? 雨が降ってくるかもしれないのに」

 そう訊かれた彼は、再び外に顔を向けた。

「たまには町並みでも眺めてみるかっていうので来たんだけど、見てたら、自分はなんてちっぽけな存在なんだろうと思ってさ」

「え?」

 女子生徒は茫然とした表情になった。

「それに、こうして柵に囲まれた場所にいると、俺はまるで動物園の檻の中の動物みてえだな、自由になりてえな、翼があって空を飛べたらなれるのにな、って具合に、感傷に浸ってたんだ」

「ど、どうしたの? らしくないじゃん。詩人みたい」

 女子は動揺して尋ねた。

「俺って、実はそういう人間だったってことよ」

 彼はふざけた調子でかっこつけて言った。

「そっちこそ、どうかしたのか?」

 通常の状態に戻って、問うた。

「ああ」

 彼女は我に返ったようになって答えた。

「高山さんが、真のことを捜してたよ」

「げっ」

 男子は顔をゆがめた。

「怒ってただろ?」

「そうなの? それはわからなかったけど」

「あー……」

 彼はどうしようかなといった表情で頭をかいた。

「ここにいるかもって、教えなかっただろうな?」

「うん。私たち友達の関係じゃないから、一言も言葉を交わしてないよ。目にしただけだけど、何かやらかしでもしたの?」

「いや、俺たち新聞委員で、クラスごと順番に、記事を書かなきゃいけねえんだよ。んで、今うちの組の番で、今日が提出する締め切りの日なんだけど、俺、自分のぶんをまだ書けてないんだ」

「えー、何やってんの」

 女子生徒は呆れ顔になった。

「だってよ、新聞委員会の新聞なんてほとんど誰も見ないから、テキトーにやってもよかったんだけど、どうせやらなきゃいけないなら、一人でも多くの奴が読みたくなる面白い記事を書きたいからさ、いいネタはないか校内あちこち探し回ったんだけど、そういうときに限って、なーんも起こらねえんだもん」

「要するに、本当は、高山さんに叱られちゃうから、隠れる目的でここに来たってことなの?」

「当ったりー」

 彼はおちゃらけて言うと、続けて、人差し指を口の前で立て「内緒」を示すジェスチャーをした。

「だから、バラすなよ、ここにいること」

「そんな、ずっとここにいるわけにはいかないんだから、覚悟を決めて彼女にできてないことを白状して、どうするか相談しなよ。あ、ほら、雨も降ってきたし」

 確かに、ぽつぽつ程度ではあるが、空から雨が落ちてきた。

「へーい」

 そう返した男子生徒は、この相羽中学校の二年生で、伊藤真といい、下の名前は「しん」と読む。

 彼は「仕方ねえから言う通りにするぜ」といった態度で、今まで話していた、同学年だがクラスは別の、宮城浩子という名の女子生徒から離れ、校舎内に通じるドアのほうへ歩いていったのだった。

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