第31話 集まる希望

 俺が禁断の錬金術で、厄災の星の忌まわしい分身体を消滅させた代償は、あまりにも大きかった。右腕は、まるで炭になったかのように感覚がなく、全身の魔力も、ほとんど空っぽに近い。立っているのがやっとの状態で、視界がチカチカと明滅している。だが、俺たちの目の前の脅威は、何一つ消えてはいなかった。


 分身体を倒された「厄災の星」本体は、まるで我が子を殺された親のように、怒りと憎悪に満ちた、これまでとは比較にならないほどの邪悪なエネルギーを放出し始めた。頭上の空は、もはや赤黒いを通り越して、血のようにどす黒く染まり、その中心で脈打つ厄災の星は、まるでこの世界そのものを飲み込もうとする、巨大な口のように見えた。


「レオさん! 大丈夫ですか!?」


 アルトが、満身創痍の体を引きずって俺に駆け寄り、その肩を貸してくれる。


「ああ、なんとかな……。だが、あいつ、本気でキレちまったみてぇだな。儀式は、まだ続けられるか、セレスティア?」


 俺の問いに、セレスティアは青ざめた顔で、しかし力強く頷いた。


「はい……! ですが、奴の抵抗が、先程の比ではありません! このままでは、浄化の力が押し返されてしまいます……! もっと、もっと強力な、純粋なエネルギーがなければ……!」


 セレスティアの言う通り、天に向かって伸びる光の柱は、厄災の星から放たれる邪悪なオーラに押され、今にも消え入りそうに揺らめいていた。このままじゃ、ジリ貧だ。


 絶望的な状況。俺の魔力も、もはや底をつきかけている。打つ手なしか……?

 俺が奥歯をギリリと噛み締めた、その時だった。


『レオ殿! 聞こえるか!?』


 懐に忍ばせていた小型の魔力通信機から、王都のマルコムの声が、ノイズ混じりに聞こえてきた。


「マルコムか!? どうした!?」

『王都から、君たちの戦いが見える! 天を衝く光の柱と、それを覆い隠そうとする、禍々しい闇が……! 君たちが、今まさに世界の運命を賭けて戦っていることは、ギルドの誰もが理解している!』


 マルコムの声は、興奮と、そして強い決意に満ちていた。


『ギルドに残った我々も、ただ指を咥えて見ているだけではない! レオ殿、君の指示通り、エーテル兵器の構造を解析した結果、そのエネルギーを、破壊ではなく、純粋な魔力支援へと転用できる可能性を見出した! 今、ギルドの全錬金術師が、そして王宮の魔導師団も協力し、エーテル兵器のエネルギーを、君たちのいる祭壇へと向けて送信する準備を進めている!』

「なんだと!? そんなことが可能なのか!?」

『可能にしてみせる! 君が、賢者の石事件の真相を解き明かす鍵を与えてくれたように、今度は我々が、君に希望を送る番だ! もう少しだけ、持ちこたえてくれ!』


 通信が切れる。だが、その言葉は、俺の心に、そして仲間たちの心に、新たな、そして熱い希望の炎を灯してくれた。俺たちは、もう四人だけで戦っているんじゃねぇ。王都の、いや、この世界の善意ある全ての人々が、俺たちと共に戦ってくれているんだ。


「聞いたか、お前ら! 王都から、援軍が来るぞ! それまで、何が何でも、この儀式を維持するんだ!」


 俺の叫びに、セレスティアも、アルトも、そして爺さんも、力強く頷いた。


 だが、厄災の星も、俺たちにそんな時間を与えるつもりは毛頭ないようだった。奴は、もはやエネルギー弾のような生易しい攻撃ではなく、この祭壇がある山脈そのものを、根本から破壊しようと、凄まじい重力波を放ってきた。大地が、まるで船のように激しく揺れ、祭壇の黒曜石の床にも、大きな亀裂が走り始める。


「くそっ、土台から崩す気か!」


 老鉱夫の爺さんが、大地に杖を突き立て、星の民の古代の地脈安定化の術式を唱え、必死に祭壇の崩壊を食い止めている。だが、その顔には、滝のような汗が流れ、明らかに限界が近い。


「アルト! お前の錬金術で、亀裂を塞げ! これ以上、祭壇を破壊させるな!」

「はい!」


 アルトも、最後の魔力を振り絞り、亀裂から噴出するエネルギーを、錬金術で生成した超硬化金属で必死に塞いでいく。


 俺は、セレスティアの隣に立ち、彼女の儀式を直接守ることに全神経を集中させた。厄災の星から放たれる、精神を直接攻撃してくる邪悪な波動を、俺は調律の杖を盾に、全て受け止める。賢者の石事件のトラウマ、バルドゥスへの憎悪、仲間を失うことへの恐怖……あらゆる負の感情が、幻となって俺の脳裏をよぎる。

 だが、今の俺は、もうそんなものに屈しはしなかった。


(うるせぇ……! 俺はもう、過去の亡霊に怯える、弱い俺じゃねぇんだ……!)


 俺は、心の奥底で叫んだ。俺には、守るべきものがある。命を賭してでも守りたい、大切な仲間たちがいる。セレスティア、アルト、爺さん、そして、王都で俺たちを信じてくれているマルコムたち……。彼らの想いが、俺の心を、どんな邪悪な波動にも負けない、鋼鉄の砦へと変えてくれた。


 俺は、賢者の石事件のトラウマを、完全に克服した。そして、その瞬間、俺は、ただの「秘儀の錬金術師」を超えた、真の英雄として、覚醒したのかもしれない。


 その時だった。

 遥か彼方の王都の方角から、巨大な、虹色の光の奔流が、地平線を駆け上がり、一直線に、俺たちのいる天衝の祭壇へと向かって飛んでくるのが見えた。


「来た……! マルコムたちが、やってくれたんだ!」


 アルトが、歓喜の声を上げる。

 虹色の光の奔流は、俺たちの頭上で、セレスティアが天に掲げる星光鋼の触媒へと、正確に吸い込まれていった。それは、ギルドの全錬金術師と、王国の全魔導師たちの、希望と祈りが込められた、純粋なエネルギーの結晶だった。


「うおおおおおおっ!」


 セレスティアの体から、これまでとは比較にならないほどの、眩いばかりの光が迸る。天に向かって伸びる浄化の光の柱は、一気に数倍の太さと輝きを取り戻し、厄災の星から放たれる邪悪なオーラを、逆に押し返し始めた。


「今だ! セレスティア! 全ての力を解放しろ! あいつに、この世界の、そして俺たちの意志の力を見せつけてやれ!」


 俺は、セレスティアの背中に手を当て、自分の最後の魔力と、そして魂の全てを彼女に注ぎ込んだ。アルトも、爺さんも、同じようにセレスティアへと力を送る。四人の想いと、王都からの希望の光が、セレスティアという一点に集束し、奇跡を生み出そうとしていた。


「はあああああああああああっ!」


 セレスティアの、魂からの絶叫が、天衝の祭壇に響き渡る。

 浄化の光の柱は、もはや太陽そのものと見紛うほどの、絶対的な輝きを放ち、厄災の星の、どす黒い邪悪な中心核を、完全に飲み込んでいった。

 世界が、純白の光に包まれる。

 俺たちの、最後の戦いの、決着の瞬間だった。

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