第28話 仲間とともに
王都を震撼させたバルドゥスの狂気――エーテル兵器の暴走――は、俺たちの命がけの奮闘によって、なんとか未然に防がれた。だが、その代償はあまりにも大きかった。
あの忌まわしい兵器が放った、制御不能の邪悪なエネルギーは、宇宙の彼方から迫り来る真の脅威、「厄災の
ギルド本部の地下、鎮圧されたエーテル兵器のドームで、俺たちは束の間の休息も許されず、次なる、そしておそらくは最後の戦いへの覚悟を固めなければならなかった。
セレスティアの星詠みが告げる未来は、これまで以上に暗く、そして絶望的だった。空を見上げずとも、肌を刺すような圧迫感と、世界そのものが軋みを上げて悲鳴を上げているような不吉な気配が、王都全体を重苦しく覆っている。
「レオさん……もう、一刻の猶予もありません。星々の囁きが、悲鳴に変わっています。厄災の星は、もはや躊躇うことなく、この世界を喰らい尽くそうとしています。私たちが行動を起こせる時間は、おそらく……あと数日……いえ、もしかしたら、もっと短いかもしれません」
セレスティアは、疲労困憊のはずの身体を無理やり奮い立たせ、その美しい紫色の瞳に、悲壮な、しかし決して揺らぐことのない強い決意の光を宿して俺に告げた。彼女のその覚悟は、俺の心にもズシリと重く響く。
「分かってる。なら、行くしかねぇだろうな。お前が言ってた、最後の儀式を行うための聖地……『龍の
俺は、右手に握る「調律の杖」に視線を落とした。星の民が遺したこの最後の希望を、ただの飾りにして終わらせるわけにはいかねぇ。こいつと、俺が精錬した「
「はい。古代の記録によれば、そこは、星々の力が最も純粋な形で地上に降り注ぐ、世界で唯一の場所。そこでなら、星光鋼の真の力を解放し、厄災の星の暴走エネルギーを調和させ、鎮めることができるかもしれません。ですが、その道は……」
「険しいって言いたいんだろ? 知ってるさ。だが、俺たちはもう、王都の地下で地獄巡りを経験してきたんだ。今更、どんな道だろうと怖気づくわけがねぇよ」
俺たちのその会話を、傍らで聞いていたアルトが、固い決意を込めた表情で一歩前に出た。
「レオさん、セレスティアさん。僕も、必ずお供します。ギルドの再建も重要ですが、この世界の危機を前にして、それを他人任せにすることなど、僕にはできません。僕の錬金術も、この旅の中で、少しは成長できたと信じています。必ず、お二人の力になってみせます」
その言葉には、かつての頼りなさは微塵も感じられなかった。こいつは、この短い期間で、一人の立派な錬金術師として、そして一人の男として、見違えるほど成長した。
「……ああ、頼りにしてるぜ、アルト。お前がいなきゃ、この先の旅は成り立たねぇだろうからな」
俺は、不器用ながらも、素直な気持ちを口にした。
そんな俺たちのやり取りを、どこからともなく現れた老鉱夫の爺さんが、満足げな笑みを浮かべて聞いていた。
「ほっほっほ。どうやら、覚悟は決まったようじゃな、若人たちよ。それでこそ、星の民の遺志を継ぐにふさわしい。龍の顎山脈への道は、このわしが知っておる。聖域から繋がる、古代の隠し通路を使えば、数日でその麓までたどり着けるじゃろう」
「爺さん! あんたも来てくれるのか!?」
アルトが、嬉しそうな声を上げる。
「当たり前じゃ。この世界の未来を賭けた、最後の戦いじゃ。わしのような老いぼれでも、知恵を貸すくらいはできるじゃろう。それに、お前さんたち若者の奮闘を、この目で見届けんわけにはいくまい」
心強いことこの上ねぇ。これで、俺たちの最後のパーティーが結成されたってわけだ。落第錬金術師と、星詠みの巫女、若き天才錬金術師、そして謎の古代人の末裔。なんともまあ、ちぐはぐで、それでいて最強のパーティーかもしれねぇな。
俺たちは、ギルドのマルコムたちに後を託し、老鉱夫の爺さんの案内で、再び星の民の聖域へと戻った。そこから、龍の顎山脈へと続くという、古代の隠し通路へと足を踏み入れる。その道は、王都へ向かった「帰らずの道」以上に、険しく、そして危険に満ちていた。
道中、俺たちは「厄災の星」の影響で、本来の生態系を完全に破壊され、凶暴化した未知の魔物たちに、何度も遭遇した。それは、もはや単なる生物ではなく、厄災の星の邪悪なエネルギーに侵され、変異した、悪夢のような怪物だった。全身がどす黒い結晶で覆われた巨大な熊、複数の頭を持つ毒々しい色の蛇、そして、影のように実体のない、精神を直接攻撃してくる不気味な魔物。どれもこれも、ギルドの討伐依頼リストに載っているような、ありきたりの魔獣とはレベルが違ぇ。
だが、俺たちは、もはや以前の俺たちではなかった。
「レオさん、前方三十メートル、右の岩陰に、熱源反応を持つ個体が潜んでいます! 数は三体!」
アルトが、俺が改良を加えた携帯型魔力探知機を巧みに操り、敵の存在をいち早く察知する。
「セレスティア、奴らの弱点は分かるか!?」
「はい! 星々の声が告げています……! あの魔物は、純粋な光のエネルギーに極端に弱いようです! 特に、頭部にある赤い結晶体が、力の源……!」
セレスティアの星詠みが、的確に敵の弱点を暴き出す。
「爺さん、奴らの動きを封じるような、この辺りの地形の特性は!?」
「ほっほっほ。この先の通路は、天井が脆くなっておる。大きな衝撃を与えれば、岩盤が崩落し、奴らの動きを一時的に止められるやもしれんぞ」
老鉱夫の長年の経験と知識が、俺たちに戦術的なアドバンテージを与えてくれる。
「よし、作戦は決まった! アルト、俺の合図で、天井のあの亀裂に、お前の最大出力の魔導カノンを撃ち込め! セレスティア、俺が奴らの注意を引きつけている間に、浄化の光を私の杖に集中させてくれ! 爺さんは、俺たちの退路の確保を頼む!」
俺は、調律の杖を構え、自ら囮となって魔物の群れへと突っ込んでいく。俺が放つ閃光弾や音波爆弾で魔物たちの注意を引きつけ、奴らが俺に襲いかかろうとした瞬間、アルトの魔導カノンが轟音を立てて天井を撃ち抜き、大量の岩石が魔物たちの上に降り注いだ。
動きを封じられた魔物たちに、セレスティアの星詠みで増幅された聖なる光を、俺が調律の杖を通して一点に集束させ、レーザーのように放つ。
「食らえ! スターライト・パニッシャー!」
我ながら、ちょっとダセぇ名前を叫んじまったが、その威力は絶大だった。聖なる光の奔流は、魔物たちの赤い結晶体を正確に貫き、奴らは断末魔の叫びと共に、塵となって消滅していった。
そんな命がけの戦いを、俺たちは何度も何度も繰り返した。疲労は限界に達し、傷だらけになりながらも、俺たちの心は、不思議と折れることはなかった。むしろ、困難を乗り越えるたびに、四人の絆はより強く、より固く結ばれていくのを感じた。俺たちは、互いを信じ、互いを補い合い、一つの目的のために戦う、完璧なチームになっていたんだ。
そして、長く険しい旅の果てに、俺たちはついに、目的の地、龍の顎山脈の麓にたどり着いた。目の前には、天を突き刺すかのように、荒々しく、そして荘厳な山々が連なっている。
その最高峰は、常に分厚い雲に覆われ、その全容を窺い知ることはできない。だが、その頂きからは、明らかにこの世のものとは思えない、神々しくも恐ろしい、強大なエネルギーが絶え間なく放出されているのが、肌で感じられた。
「あれが……龍の顎山脈の最高峰、『天衝の祭壇』……。最後の儀式の地……」
セレスティアが、畏敬の念を込めて呟く。
空を見上げれば、赤黒く染まった空の中心に、「厄災の星」が、もはや肉眼でもはっきりと見えるほど、巨大な姿を現していた。それは、まるで巨大な、開かれた悪魔の目のように、この世界を冷たく見下ろしている。
世界の終焉は、もうすぐそこまで迫っている。俺たちの、最後の戦いの舞台は、整った。
「行くぜ。この世界の、そして俺たちの未来を、この手で掴み取るために」
俺は、仲間たちの顔を見回し、力強く頷いた。四人の小さな影は、世界の運命をその双肩に背負い、最後の希望が待つ、神々の頂きへと、その第一歩を踏み出した。
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