第27話 残された厄災

 エーテル兵器が完全に鎮圧され、ドーム内にようやく安堵の空気が流れ始めた、まさにその直後だった。セレスティアが、突然苦しげな呻き声を上げ、その顔からサッと血の気が引いたんだ。



「レオさん……! 大変です……! 星々が……星々が、かつてないほど激しく嘆き、そして警告を発しています……! バルドゥスの、あのエーテル兵器の邪悪な暴走が……どうやら、宇宙の彼方から迫り来る『厄災のネメシス・スター』を、最悪の形で刺激してしまったようなのです……!」



 彼女の顔は、先程までの安堵から一転し、再び深い絶望と憂慮の色に染まっていた。その紫色の瞳が、恐怖に大きく見開かれている。



「なんだと!? 刺激したって、一体どういうことだ! あの星は、もう俺たちの手に負えねぇのか!?」



「厄災の星の内部エネルギーが、以前観測した時とは比較にならないほど、爆発的に活性化し、その恐ろしい接近速度も、信じられないほど急激に増しています……! このままでは、数週間……いいえ、もしかしたら数日のうちに、この世界に到達してしまうかもしれません……! そうなれば、今度こそ、本当に……この世界は……!」



 セレスティアの言葉は、絶望的な未来を予見したかのように、途中で途切れた。彼女の肩が、抑えきれない恐怖で小刻みに震えている。バルドゥスのあの馬鹿げた、自己満足のための野望は、結果的に、さらに巨大で、そして根源的な災厄の引き金を、最悪のタイミングで引いちまったってわけか。どこまでもお騒がせで、そして救いようのない野郎だぜ、ったく。


 俺は、右手に固く握りしめていた「調律の杖」を、改めて見つめた。星の民が、数万年の時を超えて俺たちに託した、最後の希望の光。こいつの真価が問われるのは、どうやらこれかららしいな。



「セレスティア、落ち着け。まだ終わったわけじゃねぇ。厄災の星を完全に鎮めるための、本来の儀式の場所……聖域の記録にあった、あの『星見の祭壇』とかいうのは、具体的にどこにあるんだ? そこへ行けば、まだ何か手が残されてるかもしれねぇ」



「……はい。それは、この王都から遥か東方、古代の民が聖地と崇め、星々の力が最も強く地上に降り注ぐと伝えられる、『龍のドラゴンズ・ジョー山脈』の、最も天に近い、最も高い頂きにあると記されています。そこは、古来より、星詠みの巫女だけが立ち入ることを許された、神聖な場所だと……」
 


 龍の顎山脈ね。またしても、やたらと物騒で禍々しい名前の場所だが、もはや俺たちに選択肢は残されていねぇだろうな。行くしかねぇ。


「アルト、お前はどうする? ギルドは、これからバルドゥスの後始末と、組織の再建で、てんてこ舞いになるだろう。お前も、その中心メンバーとして、やるべきことが山ほどあるはずだ。ここから先は、俺とセレスティアの二人だけでも……」



「いえ、レオさん! 僕も、必ず行きます!」
 


 アルトは、俺の言葉を遮るように、これまでに見せたことのないほど力強く、そして迷いのない声で言い切った。


「この世界の危機は、まだ何も終わっていません。それに、僕はレオさんの唯一の弟子ですから! 師匠であるあなたの戦いを、最後までこの目で見届け、そして微力ながらも支えるのが、弟子としての最大の務めだと信じています!」



 その若い瞳には、恐怖を乗り越えた、鋼のような強い決意が宿っていた。こいつ、いつの間にか、こんなに逞しく、そして頼もしくなっちまいやがって。俺の目に狂いはなかったな。


「……そうか。よく言った、アルト。なら、三人で、この世界の運命を賭けた最後の戦いに挑むとしようぜ。今度こそ、あの忌々しい厄災の星に、二度とこの世界を脅かせねぇように、きっちりと、そして永遠に引導を渡してやらなきゃな」



 俺の静かな、しかし燃えるような闘志を込めた言葉に、セレスティアとアルトは、覚悟を決めた表情で力強く頷いた。



 バルドゥスという、人間の愚かさが凝縮したような矮小な悪は、ひとまず滅びた。だが、宇宙規模の真の脅威は、今まさに眼前に、そして頭上に迫っている。俺たちの、そしてこの名もなき惑星のささやかな未来を賭けた、おそらく最後の、そして最大の戦いが、今、まさに始まろうとしていた。



 俺は、破壊されたドームの天井から見える、赤黒く染まった王都の空を見上げた。そこには、以前にも増して不気味で禍々しいオーラが渦巻き、まるで巨大な異形の捕食者が、今まさにその鋭い牙を剥き、眼下の哀れな獲物に襲いかかろうとしているかのように見えた。



 やれやれ、またしてもとんでもねぇ厄介事を、真正面からしょい込んじまったもんだぜ。だが、もう逃げるわけにはいかねぇ。俺の錬金術と、セレスティアの星詠み、そして成長したアルト。


 この三つの力を合わせれば、きっと、どんな絶望的な未来にだって、風穴を開けることができるはずだ。そう信じるしか、俺たちには道が残されていない。

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