第26話 バルドゥスの末路
バルドゥスが全ての力を失い、エーテル兵器の炉心の上で抜け殻のように項垂れる中、俺は最後の仕上げに取り掛かっていた。残る全ての精神力と魔力を、右手に握る「調律の杖」へと集中させる。
杖の先端から放たれる清浄な白銀の光は、もはやドーム全体を包み込むほどの輝きとなり、星の民が遺した古代の神聖な調律術式が、エーテル兵器の炉心全体へと、まるで清らかな水が大地に染み渡るように、ゆっくりと、しかし確実に展開していく。
あれほどまでに激しく暴れ狂っていた炉心内部の禍々しい紫色のエネルギーは、まるで猛獣が手懐けられたかのように、徐々にその勢いを失い、やがて完全に沈黙した。まるで、悪夢から覚めた朝のような静けさだった。
ドーム内に息苦しいほど充満していた、肌を刺すような圧迫感と、魂を蝕むような邪悪な気配が、嘘のように完全に消え去り、代わりに、どこか清浄で穏やかな、心が洗われるような空気が、ドームの隅々まで流れ始めた。エーテル兵器は、完全に、そして永遠に鎮圧されたんだ。俺たちは、ついにやり遂げた。
「……終わった……のか……? 本当に……本当に終わったんですね……?」
アルトが、まだ目の前の現実が信じられないといった表情で、呆然と呟く。彼の頬には、いつの間にか涙が伝っていた。セレスティアも、張り詰めていた緊張の糸が切れたように、安堵のため息を深くつき、その場にへたり込みそうになるのを、俺が慌ててその華奢な肩を力強く支えた。
「ああ、とりあえずはな。よくやったぜ、二人とも。お前たち二人がいなければ、どうなっていたことか。正直、俺一人じゃ絶対に無理だった。心から感謝する」
俺は、柄にもなく素直な感謝の言葉を口にした。こいつらは、本当に俺にとって、かけがえのない最高の仲間だ。この言葉に、嘘偽りは一切ねぇ。
その時、ドームの入り口が大きな音を立てて開き、マルコムたちギルドの良識派の一団が、武装した正規のギルド警備兵を大勢伴って、雪崩れ込むようにドーム内へと駆け込んできた。彼らは、炉心の上で廃人のように動かなくなったバルドゥスと、完全に沈黙したエーテル兵器を見て、一瞬言葉を失い、やがて驚きと、そして心の底からの安堵の表情を浮かべた。
「レオ殿! アルト君! そして、セレスティア嬢も! ご無事でしたか! なんと……なんと申し上げてよいか……! そして、これは……! 本当に、あの狂ったエーテル兵器を、あなた方が止めてくださったのですね! 信じられません……!」
マルコムが、感極まったように俺たちの手を取り、何度も何度も頭を下げる。彼の目も潤んでいた。
「ああ、なんとかギリギリでな。だが、こいつの情けねぇ後始末は、あんたたちギルドに任せるぜ。俺はもう、指一本動かすのもクタクタだ」
俺はそう言って、力なく炉心の上でうなだれているバルドゥスを、親指で指差した。ギルドの警備兵たちが、マルコムの指示に従い、慎重に、しかし確実にバルドゥスに近づき、その抵抗する気力も失せた哀れな身柄を拘束する。
彼は、もはや何の抵抗も示さなかった。ただ、虚ろな、生気のない目で、ぼんやりと宙の一点を見つめているだけだった。まるで、魂が抜けてしまったかのように。
バルドゥス・フォン・ヴォルケンクラッツ。かつては王立錬金術師ギルドの筆頭として、その頂点に長年君臨し、その強大な権勢を欲しいままにしてきた男。その輝かしいはずだった未来の末路は、あまりにも呆気なく、そして惨めなものだった。
賢者の石事件の全ての真相が、ギルドの最高評議会で公式に発表され、今回のエーテル兵器による王都破壊未遂という、国家反逆にも等しい大罪も白日の下に晒された今、彼を擁護する者など、もはやギルドにも、そして王宮にすら一人もいやしなかった。
彼が長年必死に、そして卑劣な手段をも使って積み上げてきた偽りの名声と、砂上の楼閣のような権力は、まるで陽光にさらされた朝靄のように、一瞬にして儚く消え去ったんだ。
後にアルトから聞いた話では、バルドゥスは全ての公的な地位と、不正に蓄えた莫大な財産を完全に剥奪され、ギルド本部のはるか地下深くにある、光も届かぬ独房に終身禁固となったらしい。彼は、その薄暗い牢の中で誰とも一切口を利かず、ただ壁の一点を見つめ続けるだけの、まるで生きる屍のような日々を送っているという。
自らが犯した取り返しのつかない罪の重さと、その代償として失ったもののあまりの大きさに、ようやく、本当にようやく気づいたのかもしれねぇな。まぁ、俺にとっては、もはやどうでもいいことだが。せいぜい、残りの人生を、己の愚かさを噛み締めながら生きていくがいいさ。
エーテル兵器という、人間が生み出した最悪の脅威は去り、王都はひとまず壊滅的な危機を脱した。俺の「賢者の石事件」に関する長年の汚名も、ようやく完全に晴らされ、ギルド内での俺を見る目も、少しずつだが確実に変わり始めていた。
特に、アルトやマルコムのような、しがらみのない若い世代の錬金術師たちは、俺のことを「王都を救った隠れた真の英雄」みてぇに、やたらと持ち上げてくれるようになった。正直、そんな大層な扱いをされるのは、くすぐったくて仕方ねぇし、柄にもねぇんだがな。俺はただ、自分のやりたいようにやっただけだ。
だが、俺たちの戦いは、まだ完全に終わったわけじゃねぇ。むしろ、本当の戦いは、これから始まるのかもしれなかった。
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