第25話 因縁の終わり

 俺は、聖域で見た星の民の忌まわしい記録を、改めて思い出していた。己の力を過信し、他者を蹴落とし、その結果、文明全体を破滅へと突き進ませた、あの古代の愚かな権力者の姿。それは、目の前で醜態を晒しているバルドゥスと、あまりにも、そして悲しいほどに酷似していた。



 奴もまた、本当に才能ある同時代人への、どうしようもない嫉妬や、過去に経験したであろう大きな挫折、あるいは誰からも認められないという満たされない承認欲求に、その魂の奥底からずっと苦しめられてきたのかもしれねぇ。


 その負の感情が、奴を権力と名声への異常なまでの執着へと駆り立て、ついにはこんな常軌を逸した狂気の沙汰を引き起こさせたんだろう。ある意味、哀れな男だぜ、まったく。だが、それでも、奴に同情する気は、俺の中には微塵も、欠片も起きねぇがな。


「貴様のその薄汚い過去がどうだろうと、今の俺には正直どうでもいい。だがな、バルドゥス。お前のその自己満足で歪みきった野望のせいで、これまでどれだけ多くの人間が迷惑し、心を踏みにじられ、そして苦しめられてきたと思ってるんだ?


 お前のせいで、セレスティアはあの愛する天文台を追われ、アルトはギルドの中で心ない中傷と不当な扱いに耐え、そしてこの俺は、何年もの間、『落第錬金術師』だの『ギルドの厄介者』だのという、不当なレッテルを貼られ続けたんだぞ!


 その莫大なツケと落とし前は、今ここで、きっちりと、利子もたっぷりつけて払ってもらうからな!」



 俺は、調律の杖に、これまでの全ての怒りを込めて、さらに強大な力を注ぎ込んだ。炉心から発せられる禍々しい紫色のエネルギーが、まるで浄化の炎に焼かれるように、徐々にだが確実に、清浄で神々しい白銀の光へと変わり始めているのが、はっきりと分かった。


「レオさん! やりました! バルドゥスの魔力反応が、急速に低下しています! エーテル兵器の炉心の制御も、徐々にですが、私たちの方に取り戻しつつあります!」



 セレスティアが、安堵と希望に満ちた声を上げる。



 だが、バルドゥスは、まだ完全に諦めてはいなかった。



「終わらせん……終わらせるものか……! 私の夢を……私の全てを……こんな、こんなところで……こんな小僧共のせいで、終わらせてたまるものかああああっ!」
 


 バルドゥスは、最後の力を振り絞るかのように、その手に握られた黒曜石と骨でできた禍々しい杖を、狂ったように天に突き上げた。


 すると、エーテル兵器のドーム全体が、まるで地震のように激しく振動し、天井の一部がガラガラと大きな音を立てて崩落し始めた。



「くそっ! あの往生際の悪い野郎、最後の最後に、俺たちごとこの施設を道連れにする気か!?」


 バルドゥスの杖から、まるで冥府から呼び寄せたかのような、黒い雷にも似た絶望的な破壊エネルギーが迸り、エーテル兵器の炉心へと、一直線に向かっていく。それは、炉心を強制的に臨界点以上に暴走させ、この施設全体を、いや、王都の一部すらも吹き飛ばそうという、まさに最後の、そして最も愚かで卑劣な悪あがきだった。



「させるかぁっ! これ以上誰一人として不幸にさせてたまるか!」



 俺は、調律の杖をまるで盾のように、その黒い破壊の雷の前に力強く構え、その全てを受け止めた。凄まじい衝撃と熱量が、俺の全身を容赦なく貫く。骨が軋み、血が沸騰するような激痛。だが、調律の杖から絶え間なく流れ込んでくる、星の民の温かく、そして力強い守護の力が、俺を最後のところで支えてくれる。



「アルト! セレスティア! 今だ! あいつの、あの忌々しい杖を破壊しろ! それしか、この暴走を止める術はねぇ!」



 俺が黒い雷を命がけで抑え込んでいる、そのほんの僅かな隙に、アルトが最後の魔力を振り絞り、錬金術で生成した、アダマンタイトよりも硬い超硬金属製の鋭い矢を、セレスティアが星詠みの力で寸分の狂いもなく正確に狙いを定めたバルドゥスの邪悪な杖へと、音速を超えるスピードで撃ち込んだ。



 カンッ! という、魂を揺さぶるような甲高い金属音と共に、バルドゥスが最後の頼みの綱としていた禍々しい杖は、まるで脆いガラス細工のように、あっけなく粉々に砕け散った。


「ああ……あああああ……私の……私の、神にも等しい力が……私の全てが……消えていく……消えていくううううっ……」



 全ての力の源を失ったバルドゥスは、まるで生命線でも断ち切られたかのように、糸の切れた操り人形のように、エーテル兵器の炉心の上で力なく崩れ落ちた。その醜く変貌していた体からは、エーテル兵器の邪悪なエネルギーが、まるで霧が晴れるように急速に抜け落ち、元の、ただの権力欲にまみれた、老いぼれた人間の姿へとみるみる戻っていく。



 その生気のない顔には、もはや先程までの狂気の光はなく、ただ深い、底なしの絶望と、全てを失った者の虚無だけが、色濃く浮かんでいた。



 賢者の石事件の全ての真相が白日の下に暴かれ、長年必死に積み上げてきた虚飾まみれの権威も、そして今まさにその手に掴もうとしていた禁断の絶対的な力も、その全てを一瞬にして失ったバルドゥス。彼に残されたものは、もはや、破滅という名の絶望以外、何もなかった。彼の長すぎた悪夢は、ようやく終わりを告げようとしていた。

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