第24話 全てが明らかに

 俺が魂を込めて調律の杖をエーテル兵器の炉心に突き刺した瞬間、凄まじいまでのエネルギーの逆流が、まるで巨大なハンマーで殴られたかのように俺の全身を襲った。


 内臓がひっくり返るような衝撃と、骨がきしむような激痛。だが、その絶望的な奔流の中で、杖を通して流れ込んでくる星の民の清浄で温かい力が、まるで母親が赤子を抱きしめるように、俺の精神と肉体を辛うじて守り、押し留めてくれている。


 炉心内部では、バルドゥスの狂気に満ちた邪悪な魔力と、俺の調律の杖から放たれる聖なる力が、互いに存在を賭けて激しくぶつかり合い、その余波で空間そのものが悲鳴を上げているみてぇだった。時折、バチバチと火花が散り、周囲の壁がビリビリと震える。


「ぐ……うおおおおっ! 私の力が……この私の、長年渇望し続けた偉大な力が……! こんな、こんな小僧の、くだらないお遊びみてぇな力に……駆逐されるというのか……! 認めん! 断じて認めんぞおおおっ!」



 バルドゥスは、炉心の上で苦悶に満ちた表情を浮かべ、その醜く変貌した体が、まるで感電したかのように激しく痙攣している。エーテル兵器の暴走エネルギーと、調律の杖から放たれる浄化エネルギーの、壮絶なせめぎ合いの狭間で、奴の精神も肉体も、もはや限界を迎えつつあるようだった。その目は、もはや俺を見ておらず、ただ虚空を睨みつけている。


 その緊迫した戦いの最中、ドーム状の空間に設置されていたギルドの緊急通信用の古びたスピーカーから、マルコムの切羽詰まった、しかしどこか興奮したような声が、ノイズ混じりに響き渡った。



『レオ殿! アルト君! 聞こえるか!? 今、ギルドの最高評議会で、緊急の重大発表があった! アルト君が以前から、危険を顧みずに独自に調査し続けていた、あの忌まわしき「賢者の石事件」に関する、新たな、そして決定的な事実が、公表されたんだ!』



「賢者の石事件の……新事実ですって!?」



 アルトが、驚きと期待に満ちた声を上げる。俺も、思わずバルドゥスとの命がけのせめぎ合いの最中だというのに、その言葉に耳をそばだてた。賢者の石事件……俺の人生を狂わせた、あの悪夢のような出来事。その真相が、今になって……。


『そうだ! アルト君が、ギルドの記録保管庫の奥深くから命がけで発見した、当時の実験記録の巧妙に隠蔽されていた部分のデータと、事件直後に不審な金の動きをしていた複数のギルド上層部職員の、匿名を条件とした衝撃的な証言……それらが、決定的な証拠となった!


 あの賢者の石事件は、決してレオ殿の実験ミスなどではなかった! 当時、若くして類稀なる才能を発揮していたレオ殿に強い嫉妬心を抱き、その輝かしい成功と名声を妬んだ何者かが、実験の最終段階で、魔力安定装置スタビライザーの精密な制御回路に、極めて巧妙かつ悪質な細工を施し、意図的に暴走を引き起こしたんだ! レオ殿は、その全ての濡れぬれぎぬを着せられただけだったんだよ! ギルドの、そして王国のスケープゴートにされただけだったんだ!』



 マルコムの言葉は、この絶望的な戦場に、まるで数千年ぶりに差し込んだ太陽の光のように、一筋の、しかし力強い光明を投げかけたかのようだった。俺の胸の奥底で、長年凍り付いていた何かが、カラン、と音を立てて溶け落ちるのを感じた。俺の、失われたはずの名誉と真実が、ついに……ついに晴らされる時が来たのか……。


『そして……その卑劣極まりない妨害工作を影で指示し、レオ殿を社会的に抹殺しようとした黒幕……それは……!』



 マルコムは、一瞬、言葉を詰まらせた。彼の声には、怒りと、そして長年の不正を許してきたギルドへの深い失望が滲んでいた。だが、彼は意を決したように、はっきりとした、そして断罪するような強い声で続けた。



『……筆頭錬金術師、バルドゥス・フォン・ヴォルケンクラッツ! 貴様だ! 貴様こそが、レオ殿の才能を恐れ、その未来を奪い、ギルドから追放同然にした、全ての元凶、張本人だったんだ! 全ての証拠が、動かぬ事実として、それを明確に指し示している! もはや、いかなる言い逃れも許されんぞ!』


 そのマルコムの糾弾の言葉がドームに響き渡った瞬間、炉心の上で苦悶の声を上げていたバルドゥスの動きが、まるで時間が止まったかのように、ピタリと止まった。彼の血走った焦点の定まらない目が、ゆっくりと、そして恐る恐る俺に向けられる。

 

 その瞳の奥には、これまで見せたことのないような、深い驚愕、激しい怒り、そして……ほんの僅かだが、全てを失うことへの原始的な恐怖の色が、ありありと浮かんでいるように見えた。



「……な、何を……何を馬鹿なことを……ほざいているのだ……。この私が……この私がレオを陥れただと……? デタラメを言うな! 何の根拠もない、ただの妄言だ! 証拠など、あるはずがないではないか! 全ては、私を失脚させるための、貴様らの卑劣な陰謀だ!」



 バルドゥスの声は、明らかに震えていた。それは、もはや狂気の力から来るものではなく、追い詰められた者の、見苦しい狼狽ろうばいと虚勢だった。


「デタラメかどうかは、お前自身のその腐りきった魂が、一番よく分かってるはずだぜ、バルドゥス」



 俺は、炉心の暴走エネルギーを必死に抑え込みながら、氷のように冷ややかに、そして侮蔑を込めて言い放った。


「お前は、昔からそうだった。自分より優れた才能を持つ者を妬み、自分のちっぽけな地位が脅かされることを、病的なまでに何よりも恐れていた。俺がまだ若く、賢者の石の理論を、お前ごときには到底理解できない次元で完成させそうになった時も、お前はありとあらゆる汚い手を使って、俺の研究を執拗に妨害しようとした。


 だが、残念だったな。俺の才能は、お前のその貧弱でくだらない嫉妬心なんざ、遥かに、そして絶望的に凌駕りょうがしてたんでな。だから、お前は最後の手段として、あんな卑劣で臆病な手を使ったんだろう? そうだろ、バルドゥス?」


「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 貴様のような、ギルドの面汚し、三流の落伍者が、この私を理解したような、その汚らわしい口を利くな! 私は、常にこの国のため、そして王立錬金術師ギルドの栄光のために、我が身を粉にして尽くしてきたのだ!


 私の錬金術こそが、この国を豊かにし、愚かな民を導く唯一無二の絶対的な光だったのだ! それを……それを貴様のような、どこからともなく現れた小僧が、いとも容易く……私の長年の努力と功績を、全て無に帰そうというのか!」



 バルドゥスの狂気に満ちた叫びは、もはや悲痛なまでの悲鳴に近かった。その歪んだ顔には、嫉妬、憎悪、焦燥、そして深い劣等感が、醜く渦巻いている。彼の脳裏に、過去の屈辱的な記憶が、走馬灯のように蘇っているのかもしれねぇ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る