第23話 時空を超えて

 隔壁は、見たところ古代の超硬合金で作られているらしく、並大抵の物理攻撃や魔術じゃ、傷一つ付けることすらできそうにねぇ。だが、俺には、こんな時のための秘策があった。



「アルト、あの扉の表面にある、制御盤らしき部分に、こいつを慎重にセットしろ。衝撃を与えるなよ、デリケートな代物だからな」



 俺はアルトに、手のひらに収まるくらいの、薄い円盤状の錬金術装置を手渡す。こいつは、俺の自信作の一つ、「高周波共振デストビライザー」。特定の物質が持つ固有の振動数に合わせた、極めて強力な超高周波を発生させ、対象物を内部から分子レベルで共振させて破壊するという、ちょっと、いや、かなりえげつない代物だ。



 アルトが、緊張した面持ちで装置を隔壁の制御盤にセットし、俺がそこに魔力を精密に流し込むと、円盤は甲高い、耳障りな共振音を発し始めた。すると、あの頑丈そうに見えた鋼鉄の隔壁が、まるで苦悶の悲鳴を上げるかのように激しく軋み、数分後には、表面に大きな亀裂がいくつも入り、やがてガラガラと大きな音を立てて崩れ落ちた。


 崩れ落ちた隔壁の向こうには、想像を絶するほど広大な、ドーム状の空間が広がっていた。その空間の中央には、禍々しい紫色の邪悪な光を放つ、巨大な炉心――エーテル兵器の心臓部が、まるで巨大な怪物の心臓のように、不気味な鼓動を続けている。そして、その炉心の上部、まるで悪魔の玉座にでも鎮座するかのように、あのバルドゥスが、ふんぞり返って立っていた。



 だが、その姿はもはや、俺たちが知る、ただの傲慢で自己中心的な筆頭錬金術師バルドゥスではなかった。彼の体は、エーテル兵器の制御不能な暴走エネルギーに一部取り込まれ、その皮膚はまるで焼け爛れたかのように醜く変色し、両の目からは人間とは思えない邪悪な赤い光が爛々と輝いている。


 その手には、どこから手に入れたのか、黒曜石と骨を組み合わせたような、不気味な形状の禍々しい杖が握られ、彼の周囲には、強力な魔力のバリアが、まるで嵐のように渦巻いていた。



「ククク……フハハハハ! ようやく来たか、レオ! そして、あの忌々しい星詠みの小娘と、私を裏切った愚かな小僧も一緒か! ちょうど良い! 貴様らには、この私が手に入れた、新たなる神にも等しい力の、最初の、そして栄えある生贄となってもらおうではないか!」



 バルドゥスの声は、もはや人間のものとは思えないほど甲高く歪み、不快な金属音を帯びていた。その声だけで、周囲の空気がビリビリと震えるようだ。


「バルドゥス! 貴様のそのくだらねぇ悪夢のような野望も、ここで終わりだ! そのふざけたガラクタ兵器ごと、お前を完全に止めてやる!」



 俺は調律の杖を強く構え、怒りを込めて叫んだ。



「止めるだと? この私をか? フハハハ、笑わせるな、レオ! 今の私は、もはや人間を超越した存在! 神にも等しい絶対的な力を手に入れたのだ! 貴様のような、誰も知らぬギルドの落ちこぼれ、三流錬金術師ごときに、一体何ができるというのだ! 教えてみろ!」



 バルドゥスがその禍々しい杖を大きく振るうと、エーテル兵器の炉心から、圧縮された強力な紫色のエネルギー弾が数発、唸りを上げて放たれ、俺たちに猛スピードで襲いかかってくる。



「セレスティア、バリアを! アルト、援護射撃だ! 奴の的を分散させろ!」



 セレスティアが星詠みの力を最大限に解放し、俺たちの前に多重の防御結界を展開する。アルトも、背嚢から取り出した自作の小型魔導カノンで、牽制のエネルギー弾をバルドゥスに向けて連続発射する。


俺は、その刹那の隙にバルドゥスに接近しようと試みるが、奴の周囲に展開された、暴風のような魔力バリアはあまりにも強力で、なかなか懐に飛び込むことができねぇ。



「レオさん! あの炉心が、バルドゥスに絶えず莫大なエネルギーを供給しています! あの炉心の活動を完全に止めなければ、彼の力はほぼ無限です! いくら攻撃しても、すぐに再生されてしまいます!」



 防御結界を維持しながら、セレスティアが苦しげに叫ぶ。


 炉心を止める、か。言うのは簡単だが、あの禍々しいエネルギーの塊に、どうやって安全に近づき、そして破壊する? 下手をすれば、俺たちごとこのドームが吹き飛ぶぞ。



「アルト! マルコムたちとの魔力通信はまだ繋がっているか!? ギルド側からの陽動作戦はまだなのか!?」



「はい! 今、最終準備段階に入ったと、先程連絡がありました! あと数分で、エーテル兵器の主要エネルギー供給ラインのいくつかを、一時的にですが遮断できるはずです!」



 数分、か。それまで、俺たちがこの猛攻を持ちこたえなきゃならねぇ。長い、長すぎる数分だ。


 俺は、懐に隠し持っていた最後の切り札の一つ――古代の超技術を応用して製作した「時空間歪曲フィールド発生装置クロノ・ディストーション・ジェネレーター」――を起動させた。


 こいつは、使用者を中心に、ごく短い時間だけだが、周囲の空間を微妙に歪め、敵の攻撃の軌道を僅かに逸らしたり、自身の動きを残像のように錯覚させたりできる、まさに秘儀中の秘儀。ただし、術者への反動も半端じゃねぇ。下手をすりゃ、俺自身の時間感覚が永久に狂っちまう危険な代物だ。



 歪み始めた空間の中を、俺はバルドゥスの嵐のようなエネルギー弾を、まるで踊るように紙一重でかわしながら、一歩、また一歩と、エーテル兵器の炉心へと少しずつ、だが確実に接近していく。



「小賢しい真似を! だが無駄だ! この絶対的な、神の如き力の前に、貴様のその貧弱な小細工など、何の意味もなさぬわ!」



 バルドゥスは、さらに強力で広範囲なエネルギー波を、まるで津波のように放ってくる。時空間歪曲フィールドも、もはや限界に近い。俺の頭も、ズキズキと割れるように痛み始めていた。


 その時だった。
 ドォォオオオン! という、これまでとは比較にならないほどの大きな爆発音が、ドームの外から響き渡り、それと同時に、エーテル兵器の炉心の一部のランプが激しく明滅し、バルドゥスへと供給されていた禍々しいエネルギーの流れが、ほんの一瞬だが、目に見えて弱まった。



「やった! レオさん、マルコムさんたちが、やってくれました! エネルギー供給ラインの一部遮断に成功した模様です!」



 アルトが、歓喜の声を上げる。最高のタイミングで仕事をしてくれたぜ!
 この千載一遇のチャンスを、絶対に逃すわけにはいかねぇ!



「今だ! セレスティア、アルト! ありったけの魔力と魂を込めて、あいつのあの忌々しいバリアを、一点集中でこじ開けろ!」



 俺の魂の叫びに、セレスティアは星詠みの全エネルギーを、防御から一点集中の攻撃へと転化し、純粋な星の光の槍を放つ。アルトも、最後の魔力を振り絞り、自作の魔導カノンから最大出力の破壊光線をバルドゥスに向けて発射する。



 二人の渾身の攻撃が、バルドゥスの渦巻く魔力バリアの一点に、まるで流星のように集中し、ついにバチバチという激しいスパークと共に、バリアに大きな亀裂が入った!


「うおおおおおおおっ!」



 俺は、そのほんの一瞬の隙を突き、時空間歪曲フィールドの最後の力を振り絞って、バルドゥスの懐へと、まるで閃光のように飛び込んだ。



「なっ……!? 馬鹿な……この私が……この完璧なバリアを破られるなど……ありえん……!」



 驚愕と焦りに目を見開くバルドゥス。だが、もう遅い。お前の悪運も、ここまでだ。



 俺は、右手に固く握りしめた「調律の杖」の先端を、エーテル兵器の禍々しく脈打つ炉心の、まさにその中心部へと、これまでの怒り、悲しみ、そして仲間たちへの感謝、その全ての想いを込めて、渾身の力で突き刺した。



「食らええええええっ、バルドゥス! これが、俺の、いや、俺たちの、本物の錬金術だあああああっ!」



 調律の杖から、星の民の古代の叡智と、清浄なる調律エネルギーが、まるで天から降り注ぐ聖なる光の奔流となって、エーテル兵器の炉心へと凄まじい勢いで流れ込む。


 炉心内部で渦巻いていた、禍々しい紫色の邪悪なエネルギーが、その聖なる光に触れた瞬間、まるで闇が光に浄化されるように、急速にその力を失い、中和されていくのが、はっきりと分かった。



 エーテル兵器が、まるで断末魔のような、甲高い悲鳴を上げた。その音は、バルドゥスの野望の終焉を告げる鐘の音のように、ドーム全体に虚しく響き渡った。

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