第22話 いざ決戦

 老鉱夫の爺さんが警告した通り、星の民が遺した「帰らずの道」は、マジで地獄への片道切符みてぇな代物だった。


 道中には、床が抜け落ちる古典的な罠から、壁から毒矢が飛び出す陰湿な仕掛け、さらには古代の魔術で動く自律式の防衛ゴーレム――そいつらがまた、やたらと頑丈で攻撃的なんだ――が、まるでゴキブリみてぇにウヨウヨしていて、一瞬たりとも気が抜けねぇ。一歩進むごとに、死の危険が三つくらいついてくる、そんな感じの悪夢のオンパレードだ。


 だが、俺の長年の経験と知識で培われた錬金術と、セレスティアの驚異的な星詠みによる未来予知にも近い危険察知能力、そしてアルトの若さと機転の利いた的確なサポートのおかげで、俺たちは何度も致命的な危機を紙一重で回避し、爺さんにもらった赤黒い魔石をパズルのピースのように使いこなしながら、予想以上の速さで王都の地下深くへと到達することができた。


 途中、アルトが古代ゴーレムの腕に吹っ飛ばされてあわや大怪我か、という場面もあったが、俺が咄嗟に投げた「衝撃吸収フィールド発生装置ショックアブソーバー・グレネード」で事なきを得た。セレスティアも、何度か精神を使いすぎて倒れそうになったが、俺が調合した即効性の高濃度魔力回復薬でなんとか持ちこたえた。まさに、三人四脚、いや、命がけの綱渡りだったぜ。


 地上へと続く、古びたマンホールのような隠し通路から、そっと外の様子を窺うと、王都は既に完全なパニック状態に陥っていた。空は、バルドゥスの忌まわしいエーテル兵器から漏れ出す、禍々しい紫色の魔力で不気味な夕焼けのように赤黒く染まり、時折、地鳴りのような激しい轟音と共に、歴史ある石造りの建物が、まるで子供の積み木のようにあっけなく崩壊する音が、断続的に聞こえてくる。


 恐怖に駆られた市民たちは、泣き叫びながら右往左往し、王宮騎士団もギルドの正規警備隊も、この常軌を逸した異常事態に有効な手を何一つ打てずに、ただただ混乱しているようだった。まさに、この世の終わりを予感させる地獄絵図だ。



「酷い……これが、ギルドの筆頭錬金術師であるバルドゥス様の、望んだことだというのですか……! こんな……こんな非道なことが許されていいはずがない……!」



 アルトが、怒りと悲しみで声を震わせ、その拳を固く握りしめている。セレスティアも、そのあまりの惨状に言葉を失い、ただ唇を強く噛み締めて、遠くに見える王都の惨状を悲痛な面持ちで見つめていた。



「ああ、間違いなく、あのクソッタレの老いぼれの仕業だ。だが、ここで感傷に浸ってる暇はねぇ。俺たちが、この最悪の状況を何とかしなきゃならねぇんだ。あいつの狂気を止められるのは、もう俺たちしかいねぇんだからな」


 俺たちは、まずギルド本部の広大な地下施設の一角にある、俺が昔こっそり構築しておいた秘密の地下ラボの、さらに奥深く、バルドゥスですらその存在を絶対に知らないであろう、古代の民が遺した地下遺跡に直接繋がる、隠し通路を目指した。


 そこには、俺が以前からその存在に目をつけていた、古代文明の遺物である、極めて高性能な長距離魔力通信装置がある。こいつを使えば、ギルド内部の、まだ正気と良識を失っていない連中と、安全かつ確実に連絡が取れるはずだ。



 予想通り、その古代の通信装置は、数千年の時を経てもなお、その機能を完全に保っていた。星の民の技術力、恐るべしだぜ。俺が特殊な魔力信号パターンを送信すると、数秒後にはすぐに返信があった。相手は、アルトが以前からギルド内部の腐敗に疑問を抱き、密かに連絡を取り合っていたという、ギルドの中堅錬金術師、ダリウス……じゃなくて、いつもダリウスに手柄を横取りされてコケにされていたが、実直な性格で錬金術の腕は確かな、マルコムっていう人の好さそうな男だった。



『レオ殿か!? それに、アルト君も無事だったのか! 一体全体、何がどうなっているんだ!? バルドゥス筆頭は、完全に正気を失ってしまった! ギルドの地下深くで、何かとんでもなく巨大で危険な兵器を起動させて……王都が、王都が大変なことに……!』



 マルコムの声は、恐怖と混乱でひどく切羽詰まっていた。俺は手短に、しかし核心を外さずに、これまでの経緯と、バルドゥスのエーテル兵器の危険性、そして俺たちの目的を説明し、彼の狂気を止めるための全面的な協力を要請した。



『……そうだったのか……! 全てはバルドゥス筆頭の、狂った野望のせいだったとは……! 分かった。バルドゥス筆頭のあの独善的で強引なやり方には、我々ギルドの良識派も、以前から強い疑問と危機感を抱いていた。彼に盲目的に追従しているのは、もはやごく一部の、彼の金と権力に目がくらんだ狂信的な取り巻きだけだ。我々、ギルドの良識派は、全面的に君たちに協力する! 何か我々にできることはないか!? どんな危険な任務でも引き受けるぞ!』


 絶望的な状況の中で、それはあまりにも心強い言葉だった。俺はマルコムに、エーテル兵器の構造に関する俺の専門的な推測と、考えられるいくつかの致命的な弱点を伝え、ギルド側からその弱点を突くための大規模な陽動作戦と、兵器の複雑なエネルギー供給ラインを特定し、一時的にでもいいから完全に遮断するよう、具体的な指示を出した。



「俺たちは、敵の警備網を突破し、直接エーテル兵器の炉心部を目指す。バルドゥスの野郎を、物理的に止められるのは、おそらく俺たちしかいねぇだろうからな。頼んだぜ、マルコム」



『危険すぎる……! だが、分かった。君たちのその勇気と決断を信じよう! ギルドの、そして王都の未来は、君たちにかかっている! ご武運を祈る!』


 作戦は決まった。俺たちは、ギルド本部の地下深く、エーテル兵器が不気味な唸りを上げて稼働していると思われるエリアへと、慎重に潜入を開始する。そこは既に、バルドゥスの狂気に染まった、忠実な私兵どもが厳重な警備を固めていた。奴らの目には、もはや理性のかけらも見当たらねぇ。ただ、バルドゥスの命令に従うだけの、感情のない人形みてぇだ。



「セレスティア、お前の星詠みで、敵の正確な配置と巡回ルート、そして隠された罠の存在を読んでくれ。アルト、お前は俺の指示通り、発見されたトラップの解除と、敵の注意を逸らすための撹乱用の錬金術アイテムの設置だ。俺は、こいつらのくだらねぇお遊びに、ちょっとばかし派手に付き合ってやるか」



 俺は懐から、いくつかの特殊な形状をした錬金術装置を取り出した。これらは、俺が暇を見つけては密かに開発し、改良を重ねてきた、対人・対ゴーレム用の秘密兵器だ。普段は、そのあまりの威力と悪趣味さから使う機会がほとんどねぇが、今日ばかりは遠慮はいらねぇだろう。バルドゥス一派には、たっぷりと俺の「おもてなし」を味わわせてやる。


 セレスティアの驚くほど的確なナビゲーションと、アルトの冷静沈着で正確な作業のおかげで、俺たちは敵の厳重な警備網を、まるで幽霊のように巧みに突破していく。


 時折、どうしても避けられない戦闘もあったが、俺が放つ「超指向性高周波音波攪乱装置ソニック・スクランブラー」――こいつは、浴びた相手の三半規管をメチャクチャにして、立っていることすら困難にさせる――や、「瞬間硬化型超粘着拘束ゲル《インスタント・グルーボム》」――こいつは、数秒で相手を身動き一つ取れない粘着質の塊に変える――で、敵兵は次々と戦闘不能に陥り、無力化されていった。俺は基本的に不殺主義を貫いているが、バルドゥスの狂った手下となれば話は別だ。まぁ、さすがに殺しはしねぇが、二度と悪事に手を染められねぇくらいには、たっぷりとお灸を据えてやる。


 そして、いくつもの罠と死線を乗り越え、ついに俺たちは、エーテル兵器の中枢へと続くとおぼしき、黒光りする巨大な鋼鉄の隔壁の前にたどり着いた。その分厚い扉の向こうからは、耳をつんざくような不快な機械音と、肌をピリピリと刺すような禍々しいエネルギーの波動が、絶え間なく漏れ出してくる。間違いない、この奥だ。



「……ここが、最終決戦の舞台だ。この忌々しい扉の向こうに、あの狂ったバルドゥスがいる。そして、あのクソみてぇなエーテル兵器の心臓部があるはずだ」



 俺は、セレスティアから託された、星の民の遺産である「調律の杖」を、ギュッと強く握りしめる。こいつの真の力を、そして俺の錬金術の全てを試す時が、いよいよ来た。

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