第21話 愚者の狂気

「くそがああああっ! あのクソッタレの老いぼれ、好き放題やりやがって! それとも、俺たちを王都に誘い出すための、手の込んだ罠か……!」



 いずれにせよ、このままじゃ王都が、いや、この世界そのものが本当に危ねぇ。俺たちがここで星の民が遺した古代の叡智を調べている間に、バルドゥスがあの狂った兵器で取り返しのつかない大破壊をしでかすかもしれん。



「爺さん! 頼む! この聖域から王都へ戻る、一番早い道はあるか!? 一刻も早く戻らねぇと、手遅れになる!」


 
 俺の鬼気迫る問いに、老鉱夫は、先程までの動揺を抑え、厳しい覚悟を決めた顔で深く頷いた。



「……あるにはある。じゃが、それは星の民が、最後の非常脱出用に遺した、極めて危険な近道じゃ。その道は、もはや数千年もの間、誰一人として通ったことはない。途中に何が待ち構えているか、このわしにも皆目見当がつかん」



「そんなことはどうでもいい! 構わねぇ! 一刻も早く王都に戻って、バルドゥスのあの狂気の沙汰を止めなきゃならねぇんだ。この世界の終わりを、あの権力欲に狂った馬鹿の、くだらねぇ道楽に付き合わせてやるわけにはいかねぇからな!」


 俺の煮えたぎるような決意に、アルトとセレスティアも、恐怖を押し殺し、力強く頷いた。



「レオさん、僕も行きます! バルドゥス筆頭のあの常軌を逸した暴走は、同じ王立錬金術師ギルドの一員として、この僕が命に代えても止めなければならない、重大な責任があります!」



「私も……! 星詠みの巫女として、この世界の危機を、ただ座して見過ごすわけにはいきません! この私にできることがあるのなら、どうか何でもお申し付けください! この命、あなたと共にあります!」



 本当に、頼もしい仲間たちだぜ。こいつらがいれば、どんな絶望的な困難だって、きっと乗り越えられる気がする。


 俺たちは老鉱夫に導かれ、聖域のさらに奥深く、固く閉ざされた巨大な黒曜石の扉へと向かった。その扉には、星の民が使っていた古代文字で「冥府への帰らずの道、真の覚悟ある者のみ、この門をくぐることを許す」みてぇな、あまりにも物騒で不吉な警告文が、深く刻み込まれてやがる。



「この道を通れば、おそらく数日のうちに、王都の地下深くへと繋がるはずじゃ。じゃが、先も言うた通り、道中、星の民が侵入者を防ぐために仕掛けた高度な防衛機構や、古代の恐ろしき番人が、今もなお眠っているやもしれん。くれぐれも、心して進むんじゃぞ」



 爺さんは、懐から赤黒く輝く小さな魔石を取り出し、俺にそっと手渡した。


「これは、道中のいくつかの仕掛けを解くための、重要な鍵になるやもしれん。星の民の叡智と、お前さんたちの無事を祈るわしの心が込められておる」



「……ありがてぇ、爺さん。この恩は忘れねぇ。あんたは、これからどうするんだ?」



「わしはここに残る。この聖域を、これ以上あのバルドゥスのような邪な者たちに汚されんように、命を懸けて守らねばならん。それに、お前さんたちが王都から無事に戻ってきた時のために、星の民が遺した他の重要な記録も、今のうちに調べておかねばならんからのう。……レオ、セレスティア、アルト。必ず、必ず三人揃って、生きて戻ってくるんじゃぞ。この世界の未来は、間違いなく、お前さんたちのその若く、そして強い双肩にかかっておるんじゃからな」



 爺さんの深い皺の刻まれた目には、俺たちへの絶対的な信頼と、ほんの少しばかりの寂しさ、そして大きな期待の光が複雑に浮かんでいた。


 俺たちは爺さんに力強く頷き返し、固く閉ざされた黒曜石の扉へと、決然と向き直った。俺が爺さんから受け取った赤黒い魔石を、扉の中央にある窪みにはめ込むと、重々しい地響きと共に、扉がゆっくりと、まるで冥府の入り口が開くかのように、内側へと開いていく。その先は、どこまでも続くかのような、一寸先も見えない漆黒の闇だった。



「……行くぜ。バルドゥスの野郎に、どっちの錬金術が本物で、どっちが偽物か、その腐った性根に徹底的に思い知らせてやる。そして、奴のあのくだらねぇ野望ごと、この俺の手で完全に叩き潰してやるんだ」
 


 俺の静かな、しかし燃えるような闘志を込めた言葉に、セレスティアとアルトは、覚悟を決めた表情で力強く頷いた。俺たちは、一筋の光も見えない絶望的な暗闇の中へと、もはや何の迷いもなく、その第一歩を踏み入れた。


 王都を、そしてこの愛すべき世界を救うための、あまりにも無謀で危険すぎる戦いが、今、まさに始まろうとしていた。



 その頃、王都の地下深く。エーテル兵器の中枢部。



 バルドゥスは、巨大な黒鉄の機械――エーテル兵器のコントロールパネルの前で、狂ったように高らかに笑い続けていた。彼の周囲では、黒く輝く星屑の鉱石と、濁った紫色のエーテル結晶体が、まるで生き物のように不気味な光を放ちながら融合し、エーテル兵器の炉心へと、次々と貪欲に吸い込まれていく。


 兵器全体が、地獄の釜が煮え立つような唸りを上げて激しく振動し、今にも暴発しそうな、危険極まりない莫大なエネルギーを、その内部に急速に蓄え始めていた。



「フハハハハ! 見ろ! この圧倒的な、神にも等しい力を! レオめ、貴様がコソコソと古代のガラクタ遺物を漁っている間に、この私は真の、絶対的な力を手に入れたのだ! このエーテル兵器さえ完全に起動すれば、王国の、いや、この世界の全ての富と権力が、我が意のままになるのだ! まずは手始めに、この忌々しい王都を、一度完全に更地にしてくれるわ! そして、この私、バルドゥス・フォン・ヴォルケンクラッツこそが、新たな世界の救世主として、歴史にその名を永遠に刻むのだ! ハッハハハハ! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞ!」



 彼の血走った目は、もはや人間的な理性の光を失い、その醜い顔は、歪んだ欲望と狂気に醜悪に歪んでいた。彼が長年心の奥底で燻らせてきた、名声と権力への異常なまでの渇望が、今、最も危険で、そして最も愚かな形で暴走しようとしていた。



 エーテル兵器の炉心から、断続的に放たれる禍々しい紫色の衝撃波が、王都の地上にまで達し、堅牢なはずの建物がまるで砂の城のように揺れ、人々は得体の知れない巨大な恐怖に怯え、逃げ惑う。世界の終わりへの、破滅へのカウントダウンは、もう誰にも止められないかのように、無慈悲に、そして確実に進んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る