第20話 人災
聖域に鳴り響いた不気味な爆音と地響きは、間違いなくバルドゥスの野郎が、何かとんでもないことをしでかした揺るぎない証拠だ。
だが、一体どうやって、この星の民が何重にも守りを固めた聖域の強力な結界を破ることができたんだ? 爺さんの話じゃ、並大抵の力や知識じゃ、この場所の特定すら不可能だってことだったが。
「バルドゥス様は、私が王都を離れる直前、ギルドの禁書庫の最深部――通常は筆頭錬金術師ですら立ち入りが厳しく制限されているエリア――から、星の民に関する記述がある、極めて危険とされる古文書を数冊、強引に持ち出されたと聞いています。ギルド内では大騒ぎになっていました。あるいは、その古文書の中に、この聖域の結界を一時的に無力化するような、何らかの禁断の記述があったのかもしれません……」
アルトが、顔面蒼白になりながら、震える声で報告してきた。大した奴だ。奴は、王都に残してきたギルド内の数少ない協力者と、俺が以前、緊急連絡用に改良して渡しておいた小型の魔力通信機で、こんな状況下でも密かに連絡を取り合い、情報を収集していたらしい。その度胸と抜け目のなさには、正直頭が下がるぜ。
「ギルドの禁書庫の、さらに奥にある古文書、ねぇ……。あのクソオヤジ、俺がセレスティアのために『アトラトル天文古写本』の写しを手に入れたのをどこかで嗅ぎつけて、自分も何か漁ってたってわけか。だが、星の民の知識ってのは、生半可な覚悟と理解力で触れられる代物じゃねぇぞ。下手をすりゃ、その知識の奔流に飲み込まれて、身を滅ぼすことになる。まさに、禁断の果実ってやつだ」
俺の脳裏に、聖域の記録の間で見た、星の民の高度な力を理解できずに悪用しようとして、自ら破滅の道を辿った古代の権力者の、あの愚かで醜い姿が鮮明によぎる。バルドゥスは、まさにその歴史の愚行を、寸分違わず繰り返そうとしてるんじゃねぇか? 本当に、救えねぇ野郎だぜ。
アルトは、さらに衝撃的な情報を続けた。
「それだけではありません、レオさん。バルドゥス様は、レオさんが以前、龍の寝床から持ち帰ったとされる『星屑の
「なんだと!? あの馬鹿、本気で正気か!? 死にたいのか!?」
思わず俺は、怒りと呆れで大声で叫んだ。星屑の鉱石とエーテル結晶体。どっちも単体でさえ、扱いをほんの少しでも間違えれば、周囲を巻き込んで大惨事を引き起こしかねない、超危険な代物だ。
それを、しかも不完全で不安定な状態で、無理やり融合させるなんざ、火薬庫の中で松明を振り回すようなもんだ。錬金術の基礎すら理解してねぇ、ただの自殺行為だ。
「彼の目的は……王都の地下深く、ギルド本部のさらに下に広がる、古代の民が遺した巨大な遺跡から発掘された、未完成のまま封印されていたという、伝説の『エーテル兵器』……それを、無理やり起動させることにあるようです! そのために、星屑の鉱石とエーテル結晶体を、動力源として利用するつもりだと……!」
「エーテル兵器だとぉ!? そんなモンが、王都の地下に眠ってたのか!?」
俺は言葉を失った。エーテル兵器なんて代物、ギルドのどんな古い文献でも、闇市場のどんな怪しい情報屋からも、一度だって聞いたことがねぇ。だが、その名前からして、とんでもなく破壊的で、ヤバイ兵器だってことは容易に想像がつく。
古代文明が、何らかのっぴきならない理由で、地上から完全に封印したような代物じゃねぇのか? そんなものを、バルドゥスごときが制御できるはずがねぇ。
「バルドゥス様は、そのエーテル兵器を起動させ、王都に意図的に未曾有の危機をもたらし……そして、その危機を自らの手で解決し、鎮めることで、失墜した自らの名誉を回復し、ギルドと王国における絶対的な指導者としての権力を掌握しようと……そう、ギルドの幹部たちの前で、狂ったように
アルトの声は、もはや怒りを通り越して、深い絶望と、バルドゥスへの軽蔑で震えていた。
狂ってやがる。バルドゥスの野郎、完全に正気のタガが外れて、狂気の淵にどっぷり浸かってやがるぜ。自分のくだらない名誉とちっぽけな権力のためなら、王都の数十万の民の命全てを危険に晒すことも、微塵も厭わねぇってのか。
もはや、錬金術師どころか、人間としても完全に失格だ。奴の頭の中は、虚栄心と自己顕示欲でパンパンに膨れ上がった風船みてぇなもんだろう。
「セレスティア、頼む! 星詠みで王都の今の状況を、もっと詳しく探れるか? バルドゥスが、具体的に今どこで、何をしようとしているのか、そのエーテル兵器の規模やエネルギーの種類は分かるか?」
俺の切羽詰まった問いに、セレスティアはこくりと力強く頷き、目を閉じて精神を集中させ始めた。彼女の華奢な身体の周囲に、星々から降り注ぐような、淡く清浄な紫色のオーラがゆらゆらと立ち上る。彼女の額には、玉のような汗が滲んでいた。これだけの規模の星詠みは、彼女にとっても相当な負担なんだろう。
しばらくして、彼女はハッと目を見開いた。その美しい顔には、これまで見たこともないような深い恐怖と、絶望的な焦燥の色が浮かんでいる。
「……見えます……! 王都の地下、ギルド本部のはるか深くに、まるで地獄の釜が開いたかのような、巨大で……邪悪なエネルギーの渦が……! バルドゥスは、そこで何か、この世のものとは思えない、恐ろしい儀式を行っています……! 黒く淀んで輝く鉱石と、濁った不吉な紫色の結晶が、禍々しい光を放ちながら、まるで生きているかのように蠢き、巨大な黒鉄の機械のようなものに、次々と取り込まれていくのが……はっきりと見えます……!」
それは間違いなく、俺があえてバルドゥスに掴ませた、純度の低い偽物とクズ石同然の星屑の鉱石、そしてバルドゥスが錬金術の基礎を無視して強引に精製に失敗した、不安定なエーテル結晶体だ。そして、巨大な黒鉄の機械とは、おそらく、あの忌まわしいエーテル兵器の本体のことだろう。
「その兵器が、もし完全に起動したら、どうなるんだ……? 王都は……」
「分かりません……! ですが、もしあれが完全に目覚めてしまったら……王都は……いいえ、王都だけでは済まないかもしれません……! その破壊エネルギーは、この大陸全土を覆い尽くし、世界中が、想像を絶する破滅的なエネルギーの奔流に飲み込まれる可能性だって……考えられます……! これは、もはや厄災の星とは別の、人間が生み出した、新たな厄災です……!」
セレスティアの声は、もはや悲痛な絶叫に近かった。彼女の肩が、小刻みに震えている。
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