第18話 歴史は語る
老鉱夫の爺さんに案内されるまま、俺たちは人跡未踏の険しい山道を何日も何日も歩き続けた。追っ手の気配は今のところ感じられねぇが、バルドゥスの野郎のことだ、諦めずに俺たちの行方を、ありとあらゆる手段を使って追っているに違いねぇ。
セレスティアは、慣れない野宿と厳しい長旅で、白い頬が少し痩けて見えたが、弱音一つ吐かずに必死に俺たちについてくる。その紫色の瞳の奥には、疲労よりも強い使命感が燃えているようだった。
アルトは、そんなセレスティアを気遣い、自分の食料や水を分け与えながらも、周囲への警戒を片時も怠らない。若いのに、本当に頼りになる奴だぜ。俺も、二人の手前、弱音を吐くわけにはいかねぇ。
そして、王都を脱出してからの過酷な逃避行が始まってから、確か五日目の夕暮れ時のことだった。爺さんは、一見するとただの巨大な、苔むした岩壁にしか見えない場所で、ピタリと足を止めた。周囲には、奇妙な形をした巨石が点在し、まるで古代の祭祀場のような雰囲気を醸し出している。
「……着いたぞ。ここが、星の民の聖域への入り口じゃ。長旅ご苦労じゃったな」
爺さんはそう言うと、岩壁のある一点――よく見ると、微かに窪んでいて、そこに複雑な紋様が刻まれている――に、皺だらけの乾いた手をそっと触れた。そして、何やら古めかしい、抑揚のある呪文のようなものを、低い声で厳かに唱え始めた。
すると、ゴゴゴゴ……という地響きと共に、目の前の巨大な岩壁が、まるで意思を持った生き物のようにゆっくりと内側に動き始め、やがて大きな開口部が現れた。ったく、ファンタジー映画も真っ青の、あまりにも現実離れした展開だぜ。俺の知る錬金術の範疇を、遥かに超えてやがる。
開いた通路の奥は、ひんやりとした、どこか懐かしいような土の匂いがする空気が漂っていた。薄暗いが、不思議と不気味な感じはしねぇ。むしろ、どこか神聖で、清浄な、心が洗われるような気配さえ感じられる。
「さぁ、お入りなされ。ここならば、いかなる追っ手も、いかなる邪悪な魔力も、決して入ってはこれまい。この聖域は、星の民の清浄なる血を引く者か、あるいは彼らにその魂の輝きを認められた者しか、その門をくぐることは決して許されんのじゃからな」
爺さんの言葉に、俺は内心少し驚いた。星の民の血、ねぇ。俺やアルトは、まぁ、どう考えても普通の人間だ。だとすると、セレスティアか? 彼女のあの美しい銀色の髪と、星空を映したような深い紫色の瞳は、確かにどこか常人離れした神秘的な雰囲気を漂わせているが……。それとも、俺たちが「認められた者」だってことなのか? だとしたら、一体何をもって……。
俺たちが、期待と不安を胸に、恐る恐る通路を進んでいくと、やがて目の前に、信じられないような、息をのむほど美しい光景が広がった。そこは、まるで異次元に迷い込んだかのような、途方もなく巨大な地下空洞だった。ドーム状の高い天井には、まるで夜空に輝く本物の星々のように、無数の青白い燐光を放つ鉱石がびっしりと埋め込まれ、キラキラと幻想的な光の雨を降らせている。
空洞の中央には、エメラルドグリーンに輝く、透き通った水を豊かに湛たたえた大きな泉があり、その周囲には、見たこともない色鮮やかな花々や、瑞々しい果実をたわわに実らせた植物が、青々と力強く茂っていた。まるで、地上の楽園をそのまま地下に封じ込めたみてぇな、神秘的で美しい場所だ。
「す……すごい……! こんな場所が、この世界のどこかに、本当にあったなんて……! まるで、夢を見ているようです……!」
セレスティアが、感嘆の声を漏らし、その美しい瞳を大きく見開いている。アルトも、ただただ呆然と周囲を見回し、言葉を失っている。無理もねぇ。俺だって、こんな光景は生まれて初めてだ。俺の秘密の地下ラボも、この聖域の前では、子供の砂遊びみてぇなもんだぜ。とんでもないスケールと、想像を絶する技術レベルだ、こりゃ。星の民とやらは、一体どんな連中だったんだ?
広大な空洞の奥には、ひときわ大きく、荘厳な雰囲気を放つ、純白の石で造られた神殿のような建造物があった。その表面には、極めて精密で複雑な幾何学模様や、星の運行図のようなものが、寸分の狂いもなく刻まれている。どう見ても、現代のどんな優れた職人の技術をもってしても、再現不可能な代物だ。
「あれが、星の民の叡智と歴史が眠る『記録の間』じゃ。お前さんたちが求めるものは、おそらく、いや、間違いなくそこにあるはずじゃ」
爺さんに促され、俺たちは、どこか緊張した面持ちで、その白亜の神殿へと足を踏み入れた。内部は、外観以上に荘厳で、神聖な空気に満ちていた。高い天井からは、柔らかな光が降り注ぎ、壁一面には、見たこともない古代の文字や、難解な数式、そして天体の運行を示す記号で埋め尽くされた巨大な石板が、ズラリと整然と並んでいる。
そして、神殿の中央には、直径数メートルはあろうかという巨大な水晶玉のようなものが、淡く七色の光を放ちながら、静かに宙に浮いていた。
「これは……とてつもない情報量が込められた、古代の
俺が、その圧倒的な存在感に息を呑みながら呟くと、セレスティアが、まるで何かに導かれるように、その水晶玉にそっと細い指を触れた。すると、水晶玉は眩いばかりの白い光を放ち始め、俺たちの目の前の空間に、まるで現実のように鮮明な、立体映像のようなものが投影され始めたじゃねぇか!
「うわっ! なんだこりゃ!? おい、セレスティア、大丈夫か!?」
思わず大声を上げる俺。アルトも、あまりの出来事に腰を抜かしそうになっている。
目の前に投影された映像は、おそらく数千年、いや、もしかしたら数万年も前の、この世界の、俺たちの全く知らない姿を映し出していた。そこには、俺たちの知る歴史の教科書には一行も記されていない、高度な科学技術と、星々を読み解き自然の力を操る魔法のような力が、完璧に調和した、信じられないほど美しく、そして平和に発展した超古代文明が栄えていた。それが、爺さんの言う「星の民」の文明らしい。
彼らは、この惑星の生命エネルギーと宇宙の法則を深く理解し、自然と共存しながら、争いのない、豊かで精神性の高い社会を築いていた。空には、クリスタルでできた優雅な飛空船が舞い、地上には、植物と融合したような美しい都市が点在している。
だが、そんな彼らの黄金時代にも、やがて大きな、そして絶望的な影が差し始める。映像は、宇宙の彼方から、禍々しい赤黒いオーラを纏った巨大な星……俺たちが「厄災の
それは、単なる天体現象じゃねぇ。周期的に宇宙のバランスを崩し、暴走する、宇宙規模の負のエネルギーが凝縮した、意識を持つかのような存在だったんだ。
「やはり……! 私が古写本で読んだ記述は、決して誇張ではなかったのですね……! あれは、単なる災厄ではなく、明確な意志を持った脅威……!」
セレスティアが、青ざめた顔で息を呑む。
星の民たちは、その絶望的な脅威に対抗するため、彼らが持つ知識と技術の全てを結集した。彼らは、「厄災の星」の暴走エネルギーを鎮め、調和させ、無力化するための、壮大で神聖な儀式を考案した。その儀式に必要不可欠なのが、星々の清浄な力を増幅し、負のエネルギーを中和し、制御するための究極の触媒……そう、それこそが「
星光鋼は、単なる希少な金属じゃねぇ。星の民たちが、宇宙の法則そのものを、錬金術と星詠みの秘術の粋を集めて凝縮させたような、まさに奇跡の物質だった。それは、持ち主の精神力と魂の純粋さに共鳴し、星々の無限のエネルギーを自在に操ることを可能にする、究極の魔導インターフェースみてぇなもんだったらしい。
俺が龍の寝床の鉱石から、命がけで苦労して精錬したあの白銀の円盤は、その星光鋼の持つ力の、ほんのごく一部を不完全に再現したものに過ぎなかったってわけか。道理で、あの爺さんが「本物の星光鋼には程遠い」みてぇなことを言ってたわけだ。
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