第16話 連行
バルドゥスの野郎がバラ撒いた毒は、じわじわと、だが確実に王都全体を蝕んでいた。工房の周囲は、もはや動物園の猛獣の檻と変わらねぇ。ギルドの正規兵に混じって、バルドゥスの息のかかったゴロツキどもが、ハイエナみてぇに目を光らせている。
俺が窓から顔を出そうもんなら、石でも飛んできそうな雰囲気だ。ったく、ここまであからさまな敵意を向けられると、逆に清々しいくらいだぜ。
地下ラボでは、セレスティアとアルト、そして俺の三人が、まるで秘密結社の最後の砦に立てこもる革命家みてぇに、
アルトの奴も、最初は俺の古代技術と現代錬金術の融合した設計図に目を白黒させていたが、持ち前の集中力と驚異的な学習能力で、あっという間に俺の要求する精密作業をこなせるようになっていた。こいつの指先から生み出される魔力回路の美しさは、もはや芸術の域だ。俺一人じゃ、こうも早く、そして完璧に近い修復は不可能だっただろう。
「レオさん、やはり私が陽動を……以前、ギルドの正面でバルドゥス筆頭の不正を告発すると言いましたが、もっと効果的な方法を考えました。王宮に直接乗り込み、彼の悪行の数々を訴え出てみます。もちろん、証拠はまだ不十分かもしれませんが、必死の訴えが、誰かの心を動かすかもしれません」
アルトが、またしても自己犠牲精神丸出しの提案をしてきやがった。その若い瞳には、悲壮な覚悟と、俺たちへの揺るぎない信頼が宿っている。だが、そんなことで状況が好転するほど、王宮もギルドも甘くはねぇ。
「馬鹿言え、アルト。お前のその勇気は買うが、そんなことしたら、お前は良くてギルド追放、悪けりゃ国家反逆罪の共犯者扱いだ。お前には、まだ輝かしい未来があんだ。俺みてぇな薄汚れた裏世界の住人と、泥船に同乗する必要はねぇ。それに、俺だっていつまでもこんな袋のネズミでいるつもりはねぇんだよ。そろそろ、こっちから仕掛ける頃合いだ」
俺の頭の中には、既に一つの大胆不敵な計画が形になりつつあった。それは、ギルド内部の、数少ない俺のシンパからもたらされた、極めてリスキーだが、成功すれば一発逆転も可能な情報に基づいていた。
バルドゥスが近々、王宮で開かれる、それも国王陛下肝いりの盛大な夜会に、見栄を張って長時間出席する。その間、ギルド本部の主要警備システムが、一時的にだが大幅に手薄になる瞬間がある、というものだった。だが、工房から出る時点で捕まっちまえば元も子もねぇ。どうやって、あの厳重な監視の目を掻い潜るか……。
まさにそのタイミングで、アルトが青い顔をして、一枚の羊皮紙を俺に突き出した。
「レオさん……! これ、王宮からの……正式な召喚状です……! 今朝、ギルドの使者が、レオさんの工房の扉にこれを突き刺していきました……!」
アルトの手から震える羊皮紙を受け取る。そこには、国王陛下の威厳ある印章がデカデカと押され、俺、レオ・ラーゼス宛に、「王国の危機的状況に関する重要参考人として、王宮への速やかなる出頭を命ずる」という、実にふざけきった文面が、これまたご丁寧に達筆で書かれてやがる。ご丁寧に「出頭拒否は反逆と見なす」とまで添えられていた。
「……重要参考人、ね。どうせ、バルドゥスの野郎が、俺を王宮に引きずり出して、公衆の面前で吊し上げにするための、手の込んだ芝居なんだろうな。だが、これは……逆に利用できるかもしれねぇぞ」
俺の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。この召喚状には、ご丁寧に「護衛として王宮騎士団の一隊を派遣する」とまで書かれてやがる。つまり、俺はバルドゥスの手下どもではなく、王宮騎士団という「公的な護送」によって、堂々と工房から出られるってわけだ。問題は、その「護送」が王宮に到着する前に、どうやって彼らの手から逃れるか、だがな。
俺はアルトに、いくつかの「お使い」を頼んだ。一つは、ギルド内の協力者への、暗号化されたメッセージの伝達。もう一つは、ある人物――俺が昔、ちょっとした貸しを作っておいた、王都の裏社会に顔が利く情報屋――への手紙だ。そして、俺自身は、万が一の事態に備えて、この地下ラボに、バルドゥスが踏み込んできた時のための、とっておきの「置き土産」をいくつか仕掛けておく。俺の秘密をそう簡単にくれてやるほど、お人好しじゃねぇんでな。
数日後の早朝。予告通り、工房の前に物々しい鎧をガチャつかせた王宮騎士団の一隊が現れた。隊長らしき、いかにも石頭って感じの男が、羊皮紙の召喚状を芝居がかった尊大な態度で読み上げる。
「レオ・ラーゼス! 国王陛下の御名において、貴公に王宮への出頭を命ずる! 抵抗すれば、公務執行妨害とみなし、実力をもってこれを排除する所存である!」
ったく、朝っぱらから大声出しやがって。俺はわざと神妙な顔つきを作り、恭しく頭を下げて、素直に両手を差し出した。まぁ、みっともない縄で縛られるのは真っ平ごめんだが、彼らはそこまでするつもりはないらしい。せいぜい、両脇を固めて連行する程度だろう。
騎士団に厳重に囲まれ、俺は久しぶりに工房の地上へと足を踏み出した。周囲で見張っていたバルドゥスの手下どもが、俺がまるで罪人のように連行されるのを見て、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてやがる。せいぜい今のうちに、その汚ねぇツラで笑ってやがるがいいさ。すぐにその笑いを恐怖に変えてやる。
王都の大通りを、まるで公開処刑にでも向かう罪人のように護送される。道行く人々は、俺を遠巻きに指差してヒソヒソと噂話をしている。
「あれが、あのレオとかいう、国を滅ぼしかけた大罪人の錬金術師か」
「なんともまぁ、恐ろしい顔つきをしておるわ」
「きっと、また何か良からぬことを企んでいるに違いない」
……聞きたくもない罵詈雑言が、容赦なく俺の鼓膜を震わせる。これが、バルドゥスが望んだ光景なんだろうな。俺の社会的信用を完全に地に落とすための、見事な演出だぜ。
だが、俺の計算では、そろそろのはずだ。 大通りから一本脇道に入り、人通りの少ない、薄暗い裏路地へと差し掛かった瞬間だった。道の両側の建物の影から、黒装束に身を包んだ数人の集団が、音もなく飛び出し、最後尾の騎士たちに襲いかかった。
「な、何奴だ! 曲者かっ!」
騎士たちは、あまりにも突然の襲撃に不意を突かれ、一瞬にして混乱状態に陥る。その刹那の隙を逃さず、俺は懐に隠し持っていた小型の高濃度煙幕弾を地面に叩きつけた。あたりは一瞬にして、視界を完全に奪う濃い煙に包まれる。
「ご無事ですか! こちらへ!」
煙の中から、聞き覚えのある、少し緊張した若い声がした。アルトだ。そして、その隣には、ギルドの制服を着た、まだあどけなさの残る数人の若い錬金術師たちの姿もあった。彼らは、俺が以前、アルトを通じてこっそり研究の助言を与えたり、バルドゥスの理不尽なパワハラから陰ながら庇ってやったりした連中だ。
まさか、こんな危険な橋を渡ってまで、俺を助けに来てくれるとは。人間の縁ってのは、分からねぇもんだな。
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