第12話 近づく厄災

 俺はアルトに、セレスティアのこと、「厄災の星」がもたらす真の脅威、そして「星光鋼」を使った儀式が、この世界を救うための唯一の希望であることを、掻い摘んで、しかし核心をぼかさないように説明した。


 もちろん、俺の本当の正体や、この地下ラボの全貌、古代文明の深すぎる秘密については、まだ完全に隠したままだがな。いきなり全部話したら、こいつの頭がパンクしちまう。


 アルトは、俺の話を、まるで初めて聞くおとぎ話でも聞く子供のように、目を丸くし、食い入るように聞き、時折、信じられないといった表情で驚きや恐怖の声を漏らした。


「そんな……そんな途方もないことが、本当にこの世界で起ころうとしているんですか……? まるで、神話の中の出来事のようです……」


「ああ、残念ながら、おとぎ話じゃねぇ、厳しい現実だ。そして、その儀式を完璧に成功させるためには、いくつかの特殊な補助装置が必要不可欠なんだ。そのうちの一つは、ほぼ完成しかかってるんだが、俺一人じゃ、時間と人手が絶望的に足りねぇかもしれん」


 俺は、設計図の束の中から、特に重要な一枚を抜き出してアルトに見せた。それは、セレスティアの儀式の際に、星光鋼の触媒から発せられるであろう、想像を絶するほど膨大な星々のエネルギーを精密に安定させ、暴走を防ぎ、効率よく制御するための、最重要装置「魔力調律器マナレギュレーター」の設計図だった。古代文明の超技術と、俺が独自に編み出した現代錬金術の粋を融合させた、極めて高度で複雑な構造を持つ装置だ。


「この『魔力調律器』の、特にデリケートな部分の最終組み立てと、いくつかの重要な魔力術式回路の敷設を、君に手伝ってほしい。君のあの精密な作業技術と、純粋な魔力の質なら、きっとできるはずだ」


 アルトは、その設計図を一目見ただけで、その技術レベルの高さと、込められた理論の深遠さに、言葉を失い、ただただ目を見張った。それは、彼がギルドで学んできた錬金術の常識を、遥かに超越するものだったからだ。


「こ、こんな凄いものを……僕のような未熟者に、本当に手伝えるんでしょうか……?」


「ああ。君の錬金術に対する真摯な姿勢と、その指先の器用さは、俺が保証する。バルドゥスみてぇな、口先だけで実績のない頭でっかちの連中より、よっぽど筋がいい。自信を持て」


 俺の、ある意味最大限の賛辞の言葉に、アルトの顔がパッと輝き、みるみるうちに血色が良くなっていった。どうやら、俺にその才能を認められたことが、心の底から素直に嬉しかったらしい。単純な奴め、だが、そこがいい。


「……やります! レオさん、僕にできることなら、何でも、いえ、全てをやらせてください! この世界の未来のために、そして、レオさんの力になるために!」


 こうして、俺はアルトという、若く、才能があり、そして何よりも純粋で信頼できる協力者を得ることができた。それは、この絶望的な状況の中で、一条の光が差し込んだような気がした。


 それから数日間、俺とアルトは文字通り寝食を忘れ、工房の地下にある秘密ラボに籠もり、「魔力調律器」の製作に没頭した。アルトは、最初は俺の工房の、まるで異次元空間のような設備や、見たことも聞いたこともないような希少な素材の数々に、ただただ驚愕し、目を白黒させていたが、すぐに持ち前の高い集中力と驚異的な学習能力を発揮し、俺の複雑な指示を的確にこなし、見る見るうちに技術を吸収していった。こいつ、マジでとんでもない才能の原石かもしれねぇな。


 一方で、ギルド内では、バルドゥスの強引で独善的なやり方や、俺に対する明らかな不当な扱いに対して、公然と疑問を呈し、反旗を翻す者たちが、少しずつだが確実に増え始めていた。


 特に、アルトと同年代の、正義感の強い若手錬金術師や、過去にバルドゥスの理不尽なパワハラに苦しめられた経験のある中堅どころの職員なんかが、密かにアルトを通じて俺に同調し、バルドゥスの動向やギルド内部の貴重な情報を提供してくれるようになったんだ。まさに、水面下でのレジスタンス活動ってやつだ。


「レオさん、バルドゥス筆頭は、明日にもギルド最高評議会を緊急招集し、レオさんへの強制捜査令状の即時発行と、身柄拘束部隊の派遣を承認させようとしています。評議会のメンバーリストと、それぞれの思想傾向です」


「こちら、レオさんの工房周辺の見取り図と、バルドゥスが配置したと思われる密偵や警備兵の配置状況、巡回ルートです。これがあれば、少しは……彼らの動きを予測できるかもしれません」


 思わぬところからの、勇気ある支援の数々に、俺は少しだけ驚き、そして正直に言って、胸が熱くなった。どうやら、俺も完全にギルドの鼻つまみ者ってわけじゃなかったらしい。世の中、まだまだ捨てたもんじゃねぇな。こういう小さな善意の積み重ねが、いつか大きな力になるのかもしれねぇ。


 ギルドは、筆頭錬金術師バルドゥスを中心とする保守強硬派と、俺たちレオ&アルトを中心とする(いつの間にかそんな非公式な派閥ができてたらしい)改革良識派の間で、静かな、しかし極めて深刻な分断の様相を呈し始めていた。それは、まさに嵐の前の静けさのようだった。


 だが、そんな水面下の小さな抵抗の動きも、狂気に染まり、暴走を始めたバルドゥスの巨大な悪意を止めるには、まだあまりにも非力だった。運命の歯車は、容赦なく回り続けていた。

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