第11話 協力と分断
バルドゥスの野郎の陰湿なキャンペーンのおかげで、俺はすっかりギルドのお尋ね者、いや、もはや王都の疫病神みてぇな扱いになっちまった。工房の周りは常にピリピリとした空気が張り詰め、まるで厳戒態勢下の最前線みてぇだ。
息が詰まりそうだぜ、ったく。ま、俺は相変わらず地下の秘密ラボに引きこもって、セレスティアの儀式に必要な最後の切り札とも言える、追加の超重要装置の開発に全神経を集中させてるから、表の騒ぎは今のところ実害はねぇんだけどな。ただ、こういう状況は精神衛生上、非常によろしくねぇってだけだ。集中力が削がれる。
そんなある日の深夜、俺が古代文明の複雑怪奇な術式回路図と格闘し、コーヒーで無理やり意識を繋ぎ止めてると、工房の地上階へと繋がる隠し扉を、トントン、トントンと、遠慮がちに叩く音がした。
こんな真夜中に誰だ? まさか、バルドゥスの差し金で、ついに強制捜査にでも来たのか? だが、それにしてはノックの仕方がやけに控えめだ。
警戒しながら、魔力感知で周囲に異常がないかを探りつつ、隠し扉の覗き穴からそっと外を窺うと、そこには意外な人物が、雨に濡れた子犬みてぇな顔で立っていた。
「……アルト君? どうしたんだ、こんな夜更けに、ずぶ濡れじゃねぇか。風邪でもひくぞ」
そこにいたのは、ギルドの後輩で、数少ない俺の理解者(だと俺が一方的に思ってるだけかもしれねぇが、それでも貴重な存在だ)アルトだった。彼は息を切らし、額には雨と汗をびっしょり滲ませている。その手には、何か分厚い書類の束を抱えている。何か、ただならぬ、切羽詰まった様子だ。
俺はアルトを工房の中に招き入れ、乾いたタオルを渡した。地下ラボまで案内するわけにはいかねぇから、地上階の、普段はガラクタ置き場になってる部屋で話を聞くことにした。
「レオさん……! やっぱり、ここにいたんですね! 良かった……! 大変なんです! バルドゥス筆頭が……! 奴は、本気でレオさんを社会的に抹殺しようとしています!」
アルトは、差し出されたタオルで顔を拭うのももどかしそうに、一気に捲し立てた。詳しい話を聞くと、事態は俺が想像していた以上に、遥かに深刻で悪質な方向へと進んでいることが分かった。
バルドゥスは、俺を「王国の危機を招いた元凶」としてギルドの上層部に徹底的に
そのための根回しも、既に抜かりなく済ませているという。もはや、ただの嫌がらせや監視じゃ済まないレベルだ。奴は、本気で俺をギルドから、いや、この王都から追放するつもりなんだ。
「なんてこった……あのクソオヤジ、そこまでやるか。俺が何をしたってんだ。ただ、ちょっとばかし目立たないように、自分の好きな研究をしてただけじゃねぇか」
俺は思わず悪態をつく。まぁ、その「好きな研究」が、世界を救うための超絶ヤバイ代物だったりするんだが、それは奴には関係ねぇことだ。アルトは、青い顔で、それでも必死に言葉を続ける。
「僕も、レオさんがそんな危険な思想を持った人だとは到底思えません! 禁書庫で見た、あの真剣なレオさんの姿……それに、最近の王国の異常なまでの混乱……。そして、あの天文台の『星詠みの巫女』セレスティアさんの、切実な配信内容……。僕なりに色々調べてみたんですが、全てが、何か一つの、とてつもなく大きな出来事に繋がっているような気がしてならないんです。そして、その中心にいるのが、レオさんなんじゃないかって……」
アルトの目は、薄暗い工房の中だというのに、真っ直ぐに俺を捉えていた。その若い瞳には、ありきたりな疑念や恐怖ではなく、純粋な探究心と、ほんの少しばかりの期待、そして何よりも、真実を知りたいという強い渇望が込められているように見えた。
こいつ……もしかしたら、本当に信用できるかもしれねぇな。いや、今の俺には、こいつしか頼れる奴がいないのかもしれん。
俺はしばらく黙ってアルトの熱のこもった顔を見つめていたが、やがて、重々しく息を吐き、意を決して口を開いた。
「……アルト君。君は、どこまで知りたい? どこまで、この厄介事に首を突っ込む覚悟がある?」
「え……? それは……」
「俺が今、何をしようとしているのか。そして、この世界が、どれだけヤバイ、冗談抜きで破滅寸前の状況に陥っているのか。それを知れば、君もただじゃ済まなくなる。ギルドを追われるかもしれんし、最悪、命の危険だってあるかもしれん。それでも、知りたいか? 俺の道連れになる覚悟はあるか?」
アルトは、ゴクリと緊張した面持ちで唾を飲み込んだ。だが、彼の瞳の奥で燃える光は、少しも揺らがなかった。
「……知りたいです。レオさん。そして、もし僕に何か手伝えることがあるなら、喜んで協力させてください。このままじゃ、ギルドも、王国も、本当にダメになってしまうような気がするんです。僕一人の力なんて小さいかもしれないけど、それでも、何もしないで後悔するよりは……!」
その言葉に、演技や計算は微塵も感じられなかった。こいつは、本気だ。自分の良心と、錬金術師としての矜持に従って、行動しようとしてるんだ。
俺は、ふっと息を吐き、少しだけ肩の力を抜いた。こんな若い奴に、重荷を背負わせるのは気が引けるが、背に腹は代えられねぇ。
「分かった。なら、少しだけ話してやろう。ただし、ここでした話は絶対に他言無用だ。墓場まで持っていけ。いいな?」
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