第13話 邂逅

 アルトっていう頼れる相棒(弟子予備軍って呼ぶには、もはや失礼かもしれねぇな)の協力のおかげで、「魔力調律器マナレギュレーター」の製作は、俺の予想を遥かに超えるスピードで、そして驚くほどの完成度で進んでいた。


 こいつの精密作業の腕と、複雑な術式回路への理解力は、そこら辺のギルドのベテラン錬金術師なんかじゃ足元にも及ばねぇ。俺の見立てに狂いはなかったな。こいつは本物の天才だ。


 完成した魔力調律器は、見た目こそ無骨で地味な、ただの金属製の箱型の装置だが、その内部には俺とアルトの血と汗と涙(主に俺の数えきれないほどの徹夜と、アルトの純粋な情熱によるものだが)の結晶が、これでもかと凝縮されて詰まっている。


 こいつさえあれば、セレスティアの「厄災回避の儀式」は格段に安定し、成功率も飛躍的に向上するはずだ。世界の命運は、この小さな箱にかかっていると言っても過言じゃねぇ。


 問題は、これをどうやって天文台に運び込み、そして無事に設置するかだ。バルドゥスの野郎の異常なまでの執念による監視網は、日に日にその厳しさと悪質さを増し、もはや俺の工房は鉄壁の牢獄と化していた。工房からネズミ一匹出すのも、今の状況じゃ至難の業だろう。


「レオさん、僕が陽動します。ギルドの正面で、バルドゥス筆頭の不正を大声で告発してやります。その隙に、レオさんが調律器を……!」


 アルトが、まるで特攻でもする兵士みてぇな悲壮な覚悟で、そう申し出てくれた。その若い瞳には、正義感と、俺への信頼が燃えている。だが、俺は静かに首を横に振った。


「馬鹿野郎、そんなことしたら、お前までギルドを追われて路頭に迷うことになるぞ。お前には、まだ輝かしい未来があるんだ。俺みてぇな薄汚れた裏世界の住人と一緒に、泥水を啜る必要はねぇ。こういう汚れ仕事は、俺一人で十分だ」


 俺には、とっておきの、そして最後の切り札とも言える策があった。それは、ギルド内の、数少ない俺の協力者からもたらされた極秘情報……バルドゥスが数日後に王宮主催の、それも国王陛下臨席の盛大な夜会に、見栄を張って長時間出席し、その間、ギルド本部の主要な警備システムが、一時的に手薄になる瞬間がある、というものだ。まさに、天が俺に与えてくれた千載一遇のチャンスかもしれねぇ。


 俺はその夜会の日時を狙い、工房の地下深くから、ギルド本部の地下施設へと秘密裏に繋がる、もう何年も前に俺がこっそり掘っておいた、究極の脱出ルート(賢者の石事件の後、万が一の事態に備えて、誰にも知られずに用意しといたんだ。錬金術師たるもの、常に最悪を想定し、備えあれば憂いなし、だろ?)を使って、巨大で精密な魔力調律器を、慎重に、しかし迅速に運び出すことに成功した。


 アルトには、地上で別の、より安全な陽動工作を頼み、見事にバルドゥスの放った密偵たちの目を欺いてくれた。我ながら、そしてアルトの機転も合わせて、これ以上ないほど完璧な共同作戦だったぜ。


 問題は、ここからだった。


 ギルド本部の地下から、セレスティアの天文台までは、かなりの距離がある。しかも、今はバルドゥスの息のかかった連中が、血眼になって俺の行方を捜しているはずだ。魔力調律器はデカくて重い。どう考えても、一人で担いで白昼堂々移動できるような代物じゃねぇ。


 俺は、アルトと事前に打ち合わせておいた合流地点で、彼が手配してくれた、ぼろい荷馬車と合流した。御者は、アルトの古くからの知り合いで、口が堅く、腕も立つという、元冒険者の老人だった。この爺さんも、バルドゥスのやり方に反感を抱いている一人らしい。


「レオの旦那だな? アルトの坊主から話は聞いてる。こんな夜更けに、ずいぶんと物騒なブツを運んでるじゃねぇか。ま、細かいことは聞かねぇのが稼業の掟ってもんだ。さっさと乗んな」


 俺たちは、魔力調律器を荷馬車の荷台に積み込み、分厚い防水シートで偽装すると、夜の闇に紛れて、一路セレスティアの天文台へと向かった。道中、何度か検問に引っかかりそうになったが、爺さんの巧みな話術と、俺が事前に用意しておいた偽の通行許可証(もちろん、これも俺の錬金術の産物だ)で、なんとか切り抜けることができた。心臓に悪いドライブだったぜ、まったく。


 夜明け前、ようやく俺たちは、月明かりの下にうっすらと浮かび上がる、セレスティアの天文台にたどり着いた。古いが、どこか神聖な空気を纏ったその建物は、まるで世界の喧騒から隔絶された聖域のように、静かに佇んでいた。


 荷馬車から魔力調律器を降ろし、天文台の内部へと運び込む。アルトが先触れしていたのだろう、天文台の扉は静かに開き、中から一人の少女が姿を現した。


 それが、俺とセレスティアの、初めての直接の対面だった。


 長く艶やかな銀色の髪は、月光を浴びて幻想的な輝きを放ち、星空をそのまま閉じ込めたかのような深い紫色の瞳は、不安と、しかしそれを上回る強い意志の光を宿していた。華奢な体つきだが、その立ち姿には、凛とした気高さが感じられる。


 彼女は、俺が今まで「星詠み配信」のタブレット越しに見ていたセレスティア、その人だった。だが、実物の彼女は、画面越しに感じていたよりもずっと儚げで、そして何よりも、息をのむほど美しかった。


「あなたが……レオ、さん……なのでしょうか……?」


 セレスティアが、透き通るような、鈴の音を思わせる声で、おずおずと尋ねてきた。その声は、少しだけ震えているように聞こえた。


「ああ、そうだ。あんたが、星詠みの巫女、セレスティアだな? いつも配信、見てるぜ。……いや、正確には、見てた、か」


 俺は、柄にもなく少しだけ緊張しながら、ぶっきらぼうに答えた。なんだか、自分の声がいつもより上ずってるような気がする。クソ、らしくねぇ。


 セレスティアは、俺の顔をじっと見つめた後、深々と、そして丁寧に頭を下げた。


「これまで、陰ながら私の研究を支えてくださり、本当に、本当にありがとうございました。観測儀のレンズも、禁書庫の写本も、そしてこの……星光鋼の触媒も……。レオさんがいなければ、私はここまでたどり着くことはできませんでした。感謝の言葉もありません」


 その真摯な感謝の言葉に、俺は少しだけ照れくささを感じ、頭を掻いた。


「ま、気にすんな。俺がやりたくてやったことだ。それより、早くこいつを設置しようぜ。時間はあまり残されてねぇんだ」


 俺は、背後に運び込まれた魔力調律器を指差す。セレスティアの瞳が、それを見て驚きに見開かれた。


「これが……レオさんが、あの短期間で……!? 信じられません、この複雑な構造、そして込められた緻密な魔力回路……。これほどのものを……。アルトさんからも、レオさんの技術の素晴らしさは伺っていましたが……これほどまでとは……」


 彼女は、まるで神聖なものでも見るかのように、魔力調律器にそっと手を触れる。その指先から、彼女の純粋な魔力が、装置に流れ込んでいくのが感じられた。


「ま、俺にかかればこんなもんよ。こいつの相棒のアルト君も、大した働きをしてくれたしな。それより、早く儀式の準備を進めようぜ。夜明けと共に、星の配置が最適になるはずだ」

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