第9話 星光鋼の極秘精錬
龍の
王都の工房に戻った俺は、玄関のドアにこれ見よがしに突き刺さっていた家賃の督促状の束を、見なかったことにしてゴミ箱にダンクシュート。そのまま真っ直ぐ地下の秘密ラボへと向かった。大家のばあちゃんには悪いが、今は世界の危機(と、セレスティアの期待)の方が優先順位が高いんだよ、うん。
「さて、と。ここからが本当の錬金術師の腕の見せ所だぜ。バルドゥスみてぇな見掛け倒しとは、格が違うってところを見せてやらぁ」
俺は作業台の上に、持ち帰った「星屑の鉱石」を慎重に、一つ一つ吟味しながら並べていく。黒曜石のような滑らかで漆黒の母岩の中に、無数の微細な金属粒子が、まるで夜空に輝く本物の星々をそのまま封じ込めたように、キラキラと神秘的な光を放っている。ただの石ころのはずなのに、見ているだけで吸い込まれそうな、不思議な魅力と力を秘めた鉱石だ。
この鉱石から「星光鋼」を精錬するには、現代の錬金術の常識を遥かに超えた、古代の失われた錬金術の知識と、気の遠くなるような精密さ、そして極めて高度な技術が必要になる。そこら辺の錬金術師が束になってかかっても、何をどうすればいいのか、皆目見当もつかないだろうな。教科書には一行も載ってねぇ、完全にロストテクノロジーの領域だ。まさに、俺のような「秘儀の錬金術師」だけが踏み込める聖域ってわけだ。
俺はまず、厳選した鉱石を、特殊な酵素と魔力を帯びた蒸留水を配合した溶液に浸し、超音波を特定の周波数で照射することで、母岩から金属粒子だけを、分子レベルで傷つけることなく分離・抽出していく。この最初の工程だけでも、数日を要する繊細な作業だ。この時点で、通常の貴金属を遥かに凌駕する高純度金属が得られるが、これはまだ「星光鋼」じゃねぇ。単なる極上の素材ってだけだ。
次に、抽出した白金色の金属粒子を、真空状態を完璧に維持できる特殊な水晶製の
この時の温度管理と、注入する魔力の種類、量、タイミングのバランスが、クソみてぇに、いや、神業みてぇに難しいんだ。ほんの僅かな誤差が、全ての努力を水泡に帰す。一瞬たりとも気を抜けば、ただの価値の高い金属クズが出来上がるだけだ。
俺は数日間、寝食も忘れ、地下ラボに籠りっきりで作業を続けた。神経を針のように、いや、それこそ原子レベルまで尖らせて、全ての工程に全集中する。額からは玉のような汗が流れ落ち、喉はカラカラに渇き、全身の集中力と精神力は、もはや極限まで高まっている。まるで、世界で一番難しいパズルを、目隠しで組み立ててるようなもんだ。
そして、ついにその瞬間が訪れた。何日徹夜したのか、もはや分からねぇ。
坩堝の中で、完全に溶解した金属が、まるで内側から発光するかのように、眩いばかりの白銀の光を放ち始めた。それは、まるで天空の星そのものが溶け出して、地上に顕現したかのような、神々しいまでの清浄な輝きだ。ラボ全体が、その聖なる光で満たされる。
「……よし、第一段階、クリアだ。最高の溶融状態だぜ」
俺は、かすれた声で呟いた。この白銀に輝く液体金属こそが、真の「星光鋼」の
この一連の、常軌を逸した精密さと複雑さを極める精錬作業中、俺の地下ラボからは、通常の魔力探知機では捉えられないほど微弱ながらも、極めて特異で高密度な魔力波が、断続的に放出されていた。
それは、古代錬金術特有の、現代の魔力とは根本的に質の異なる、純粋で強大なエネルギーの波動だ。俺自身は、地下の分厚い鉛と黒曜石を重ねた防護壁と、何重にも施した古代の隠蔽術式で、外部には絶対に漏れていないとタカをくくっていた。普通の手段じゃ、まず感知できねぇはずだからな。
だが、その俺の甘い考えは、文字通り甘かった。この世界には、俺の想像を超えるような「普通じゃない手段」を持つ奴がいたんだ。
その頃、王立錬金術師ギルドの最上階にある、豪華絢爛だが悪趣味な筆頭錬金術師バルドゥスの私室では、異変が起きていた。
「む……? この反応は……なんだ? 以前にも感じた、あの奇妙な魔力波……。だが、今回は比べ物にならんほど強いぞ!」
バルドゥスは、自室にこれみよがしに設置された最新鋭の広域魔力探知機(というより、もはや古代遺物アーティファクトの解析装置に近い代物だ)が、けたたましいアラートを発しているのに気づいた。
その探知機は、彼が「浮遊機関」プロジェクトの失敗の責任を回避するために、王宮から半ば強引に、そして極秘に貸与させたもので、通常では検知不可能な、それこそ幽霊の囁きレベルの微細な魔力変動すら捉えることができる、まさに国家機密級の代物だ。
探知機が示すのは、王都の場末、レオのオンボロ工房がある方向から発せられる、依然として微弱ではあるが、前回とは比較にならないほど強烈で、極めて特異で、かつ高密度な魔力パターンだった。それは、まるで遠い宇宙の彼方から届く、未知の信号のようでもあった。
「こんな魔力波は、現代のどんな錬金術の文献にも記されておらん……。まさか、あのレオめ、やはり何か良からぬ古代の禁術でも復活させようとしているのか? 龍の寝床から持ち帰ったという、あの『星屑の鉱石』とやらが、これほどまでの異常なエネルギーの源だというのか……?」
バルドゥスの眉が、ピクリと大きく動く。龍の寝床での一件以来、彼はレオの存在が妙に気に食わなかった。あの三流錬金術師のはずの男が見せた、妙に落ち着き払った態度。そして、自分があれだけ苦労して「確保」した鉱石を前にしても、全く動じなかったあのふてぶてしいまでの自信。あれは、ただの虚勢ではなかったのかもしれない。
「フン、いずれにせよ、あの男の行動は徹底的に監視下に置く必要があるな。万が一、王国の秩序を乱すような危険な研究を行っているのであれば、ギルドの名において、即刻差し押さえねばなるまい。全ては、この私が、ギルドの崇高なる秩序と、王国の安寧を守るためだ。あの小僧に、これ以上好き勝手はさせんぞ」
バルドゥスは、独り言ちると、腹心の部下であるギルドの古参兵数名に、レオの工房周辺を昼夜問わず、交代制で徹底的に監視するよう、極秘命令を下した。それはもう、ただの監視というより、軟禁に近い状態だった。
そうとも知らず、というか、ある程度は感づいていたが無視して、俺は数日間に及ぶ精密な冷却と、複雑怪奇な魔力調整の工程を終え、ついに完璧な「星光鋼の触媒」を完成させた。長かった……本当に長かったぜ。
それは、手のひらにしっくりと収まるほどの大きさの、滑らかな白銀色の円盤だった。表面には、古代の星図を模した、寸分の狂いもない複雑な紋様が陽刻され、それ自体が、まるで呼吸するかのように淡く、そして力強い光を放っている。
まるで、一個の小さな星が、俺の手の中で静かに脈動しているかのように感じられた。その清浄なエネルギーは、地下ラボの淀んだ空気を浄化するかのようだ。
「……できた。これぞ、至高の星光鋼。これなら、セレスティアの儀式も完璧に成功するはずだ。どんな災厄だって、跳ね返せるかもしれねぇ」
俺は、完成した触媒を両手でそっと包み込むように手に取り、その神々しいまでの出来栄えに、しばし言葉を失い、満足げに頷いた。この輝きは、セレスティアの未来を照らす光になる。そう確信できた。
さて、問題はこれをどうやってセレスティアに届けるか、だ。バルドゥスの差し金か、最近どうも工房の周りが、以前にも増して騒がしい。
見慣れないチンピラ風の男たちが、まるでハイエナのように、四六時中ウロウロしてるのに気づいていた。あいつら、ギルドの正規の警備兵じゃねぇな。バルドゥスが個人的に雇ったゴロツキどもか?
(やれやれ、ますます面倒なことになりそうだぜ。だが、この程度の妨害で、俺のセレスティアへの献身が揺らぐとでも思ってんのかね? 甘いんだよ、バルドゥス。お前が想像する以上に、俺はしぶといんだぜ)
俺はため息をつきつつも、既に次の手を考えていた。監視の目をかいくぐるための、新たな、そしてより大胆な計画を練り始めた。この星光鋼は、何があってもセレスティアの元へ届けなければならないんだからな。
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