第8話 龍の寝床の攻防

 さて、俺ことレオの目の前では、バルドゥス率いる間抜けなゴーレム部隊が、けたたましい騒音を立てながら崖をメチャクチャに掘り返し始めていた。まるで、巨大なモグラが怒り狂って地面を引っ掻き回してるみてぇだ。土煙がもうもうと立ち込め、視界は最悪。だが、それが俺にとっては好都合だったりする。


「フハハハ! 掘れ! 掘り尽くせ! この『星屑の鉱石スターダスト・オア』とやらが、どれほどの価値を持つか知らんが、我が手に入れば更なる名声に繋がるは必定! 我が錬金術の新たな一ページを飾るのだ! レオ! 貴様のような三流が手を出して良い代物ではないのだ! 身の程を弁えろ!」


 崖の下でふんぞり返るバルドゥスの高笑いが、谷間にこだまする。その声には、俺への侮蔑と、手柄を独り占めできるという下卑た確信が滲み出てやがる。ったく、あの男の辞書に「品性」とか「謙虚」って言葉は永遠に載らねぇんだろうな。


 だが、好都合だ、と俺は繰り返す。あの馬鹿デカいゴーレムの無分別な採掘は、大量の土砂と岩石を巻き上げ、視界を著しく悪くしてくれる。そのおかげで、俺の細やかな作業は奴らの目には入らねぇ。まさに、俺みてぇなコソ泥……いや、戦略的資源確保の専門家にとっては、絶好の煙幕ってわけだ。バルドゥスの大雑把さが、逆に俺を助けてるってんだから、皮肉なもんだぜ。


(あの乱暴な掘り方じゃ、鉱石の純度なんてあったもんじゃねぇな。貴重な鉱脈を、ただの石ころ同然にしやがって。だが、それでいい。奴らには、見た目だけそれっぽいクズ石でも掴ませておけば、満足して鼻高々に帰るだろ。本物の価値なんざ、分かりゃしねぇんだからな)


 俺は崖の中腹、奴らの死角になる巨大な岩陰に身を潜め、冷静に状況を分析する。バルドゥスの狙いは、あくまで「手柄」と「名声」だ。鉱石の真の価値や、その繊細な扱い方、そして何より、それがセレスティアにとってどれほど重要なものかなんざ、これっぽっちも理解しちゃいねぇ。奴の頭の中は、自分の名前が歴史にどう刻まれるか、それだけなんだろうな。


 俺はリュックから、手のひらサイズの小型錬金術装置を取り出した。こいつは「指向性地中音波探査機ソナーピンポインター」。特定の鉱物が発する微弱な固有振動を捉え、その位置と深度、さらには純度までもおおよそ特定できるシロモノだ。もちろん、俺のオリジナル開発品で、ギルドのどんな最新鋭機よりも高性能だと自負してる。


(よし、ここだ! この岩盤の奥、約三メートル……純度Aクラスの鉱脈が眠ってる。バルドゥスのゴーレムがガリガリやってる場所とは、微妙にズレてる。奴らは、宝の山の上で、ただの石ころ拾いをしてるようなもんだな)


 探査機が、俺の足元から数メートル先の岩盤内部に、極めて高純度の「星屑の鉱石」の鉱脈が存在することを示した。まるで、地中に隠された宝の地図を手に入れたような気分だぜ。


 俺は「超振動ピッケル《ソニックディガー》」の出力を最小限に絞り、まるで熟練の外科医が繊細な手術でもするかのように、慎重に、かつ迅速に、狙った鉱脈だけをくり貫いていく。周囲の岩盤へのダメージは最小限に抑え、貴重な鉱石を傷つけないように、細心の注意を払う。


 掘り出した最高品質の鉱石は、特殊な衝撃吸収材と魔力遮断シートで丁寧に包み、次々とリュックの奥深くへと仕舞い込んだ。一つ一つが、セレスティアの未来を、いや、この世界の未来を左右するかもしれねぇんだからな。


 一方、バルドゥス隊は相変わらず派手に、そして無駄に広範囲を掘り返してる。ゴーレムの一体が、偶然にも俺が掘り出した後の、価値の低い残骸が大量に混じった鉱石層を掘り当てた。まぁ、それなりにキラキラ光る粒子は混じってるから、素人目には本物に見えるだろうがな。


「バルドゥス様! ありましたぞ! こちらです! 黒く輝く鉱石が、大量に!」


 部下の一人が、興奮した声で叫ぶ。


「おお! ついに見つけたか! でかしたぞ、貴様! これで我が名声はまた一つ、天高く轟くこととなろう!」


 バルドゥスは、部下が見つけた黒っぽい石ころ(その大半が、ただの玄武岩や石英で、「星屑の鉱石」はほんの僅かしか混じってない、いわば出がらしみてぇなもんだ)を見て、目を血走らせて輝かせている。チョロいもんだぜ、まったく。あの男の鑑定眼も、所詮はその程度ってことだ。


 俺はさらに、奴らの目を完璧に欺くためのダメ押し工作に取り掛かった。リュックから、これまた自作の「擬態鉱石生成キット《カモフラージュロックメーカー》」を取り出す。こいつは、周囲の土や石ころを材料にして、短時間で特定の鉱石にそっくりな偽物を作り出せるっていう、詐欺師も真っ青のイカサマアイテムだ。見た目だけじゃなく、ある程度の魔力反応まで偽装できるから、並の鑑定士じゃ見破れねぇ。


 俺は、バルドゥスたちが血眼になって探してる「黒く輝く鉱石」の偽物を、それも見た目だけは一級品だが、成分はただの炭クズやガラス片なんていう代物も混ぜて、大量に生成し、わざと目立つ場所に、あたかも本物の鉱脈があったかのようにバラ撒いておいた。これで、奴らは偽の宝の山に群がる蟻みてぇになるだろうぜ。


 数時間後、俺の採掘作業はほぼ完了した。


「ふぅ……これだけあれば、十分すぎるくらいだ。セレスティアの儀式にも、研究用にも、たっぷり使えるだろう」


 俺のリュックは、最高純度の「星屑の鉱石」でズッシリと重くなっていた。その輝きは、まるで本物の星々を詰め込んだかのようだ。一方、バルドゥス隊は、俺がバラ撒いた偽物と、質の悪い本物をいくらか掘り当てて、すっかり「大発見」をした気になり、一応の「成果」に大満足したようだった。


「よし! これだけの量の『星屑の鉱石』を確保したぞ! これにて、我が偉業リストにまた一つ、新たな伝説が加わるわ! レオ! 貴様は指をくわえて見ておるがいい! これが一流と三流の、埋めがたい差というものだ! フハハハハ!」


 バルドゥスは、勝ち誇ったように崖の上の俺に向かって叫ぶと、自慢のゴーレム部隊を引き連れて意気揚々と谷を引き上げていった。その手には、俺から見ればガラクタ同然の石ころが、さも秘宝のように大事そうに握られている。哀れなもんだぜ。奴は、最後まで俺の本当の狙いにも、鉱石の真の価値にも気づくことはなかったな。


 奴らの姿が谷の向こうに完全に見えなくなったのを確認し、俺は岩陰からゆっくりと姿を現した。


「やれやれ、やっと嵐が過ぎ去ったな。思ったより手間取っちまったが、結果オーライだ。さて、俺もとっととずらかるか。長居は無用だ」


 俺がリュックを背負い直し、その場を離れようとした時だった。


「……見事な手際じゃったな、若いの。まるで、狐が猟犬をからかうようじゃったわい」


 いつの間にか、あの谷の老鉱夫が、俺の背後に音もなく立っていた。その気配の消し方は、ただの爺さんのそれじゃねぇ。こいつ、一体何者なんだ? まさか、仙人か何かか?


「あんた……またいたのか。一部始終、見てたのか?」


「ほっほっほ。この谷で長く暮らしておると、岩の囁きも、風の便りも、手に取るように分かるようになるもんじゃよ。あんたさんが、あの強欲で頭の悪い連中を手玉に取って、真の宝を持ち去るのを、一部始終、な。あの阿呆どもは、自分たちが何を手に入れたのか、そして何を失ったのか、永遠に気づくことはあるまい」


 老鉱夫は、皺くちゃの顔に意味ありげな微笑を浮かべる。その目は、全てお見通しだと言わんばかりに、俺の心の奥底まで見透かしているかのようだ。


「……あんた、一体何者なんだ? ただの鉱石掘りじゃねぇだろ?」


「わしか? わしは、ただのしがない鉱石掘りじゃよ。昔取った杵柄で、少しばかり目が利くだけじゃ。じゃがな、若いの。一つだけ忠告しておこう。その『星の欠片かけら』……星の民の遺産を、悪用せんとする者も、この世にはおる。欲に目が眩み、その大いなる力を我が物にしようとするやからがな。そやつらは、いつの世にも現れる。くれぐれも、用心するんじゃぞ。お前さんのその力も、使い方を誤れば……」


 星の民……? またその名前か。なんだそりゃ。初めて聞く名前だが、妙に引っかかる。まるで、古代の秘密結社みてぇな響きだな。


 老鉱夫はそれだけ言うと、ふっと霧のように姿を消した。まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように、谷の岩肌に溶け込むように。


 ……ますます怪しい爺さんだ。だが、彼の警告は、ただの戯言とは思えなかった。妙に重く、俺の心に引っかかった。星の民の遺産を悪用する者……バルドゥスも、その一人になりかねねぇってことか?


 俺は一抹の拭えない不安を覚えつつも、今はただ、この貴重な鉱石をセレスティアの元へ無事に届けることだけを考え、重くなったリュックを背負い直し、足早に龍の寝床を後にしたのだった。

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