第7話 星屑の鉱石と招かれざる客

「龍の寝床ドラゴンズデン」に足を踏み入れた俺は、早速「星屑の鉱石スターダスト・オア」の探索を開始した。


 谷の中は、想像以上に複雑な地形で、そこら中に奇妙な植物が生い茂り、得体の知れない生物の気配が満ち満ちていた。普通の人間なら、数時間も探索すれば方向感覚を失って遭難するのがオチだろうな。


 だが、俺には自作の「アナライザーポータブル」がある。こいつは、特定の元素や魔力反応を広範囲にスキャンして、そのおおよその位置と深度を割り出せる優れモンだ。


「星屑の鉱石」の組成データは、ギルドの依頼書にあったスケッチと説明文から推測して入力済みだ。あとは、こいつが反応を示す場所を探し当てるだけ。


 数日間、谷の中を慎重に探索し続けた。夜は、安全そうな洞窟を見つけて野営し、昼間はひたすらスキャナーの反応を追う。


 そして、探索開始から五日目のことだった。


「……あった! この反応、間違いない!」


 スキャナーが、谷の奥深く、切り立った崖の中腹あたりで、強烈な反応を示したんだ。深度もそれほど深くない。これなら、俺の「ソニックディガー」で らくらく掘り進める。


 問題は、その崖がマジで垂直に近いってことと、周辺にやたらと攻撃的な翼竜ワイバーンの巣があるってことだ。


 迂闊に近づけば、串刺しにされて朝飯にされちまう。


 俺は数時間かけて崖の周辺を観察し、翼竜の行動パターン、風向き、そして崖の岩質を徹底的に分析した。


 そして、翼竜が狩りに出かけて巣が手薄になる時間帯を狙い、崖の反対側から伸縮自在のワイヤーロープ「グラップリングフック」を使って慎重に回り込み、目的の鉱脈があるポイントの真上まで到達した。


 そこからは、ロープ一本で崖にぶら下がりながらの、スリル満点の採掘作業だ。


 超振動ピッケルを起動させ、硬い岩盤を少しずつ、しかし確実に削り取っていく。音は最小限に抑え、振動も特殊な緩衝材で吸収する。翼竜に気づかれたら一巻の終わりだからな。


 数時間の格闘の末、ついに俺のピッケルが、鈍い黒光りをする鉱石の層に突き当たった。


「よし……! これが、星屑の鉱石スターダスト・オア……!」


 鉱石の表面には、まるで夜空の星々を閉じ込めたように、無数の微細な金属粒子がキラキラと輝いていた。美しい……。


 だが、喜んでばかりもいられない。この鉱石は、ただ掘り出せばいいってもんじゃないんだ。純粋な状態で、しかもその特性を損なわないように採掘するには、特別な手順が必要になる。


 俺はリュックから、いくつかの小型の錬金術装置を取り出し、鉱脈の周囲に設置し始めた。これは、採掘時の衝撃や魔力の乱れを最小限に抑え、鉱石の純度を保つための、簡易的な「安定化結界フィールドスタビライザー」だ。


 結界装置の設置を終え、いよいよ本格的な採掘に取り掛かろうとした、その時だった。


「おやおや、こんな辺鄙な場所で、コソコソと何をしておるのかね? 若いの」


 不意に、背後からしわがれた声がした。


 ギクッ! まさか、こんな場所に人がいるとは!


 慌てて振り返ると、そこには、腰の曲がった小柄な老人が一人、ニコニコしながら立っていた。ボロボロの服を着て、手には年代物のピッケルを持っている。どうやら、この谷の近くに住み着いてる、世捨て人のような老鉱夫らしい。


 老鉱夫は、俺が設置した奇妙な装置の数々を、興味深そうに眺めている。


「わしは、この谷で長年一人で細々と鉱石を掘っておるもんでな。あんたさんのような若い方が、こんな危険な場所に来るのは珍しい。一体、何を掘っておるんじゃ?」


 ヤベェ、どう誤魔化すか……。


 俺はとっさに愛想笑いを浮かべ、適当なことを言ってお茶を濁そうとした。


「あー、いや、ちょっと珍しい薬草を探しに……」


「薬草? こんな岩山でかい? それに、あんたさんのその装備……どう見ても、ただの薬草採りのもんじゃないようじゃがのう?」


 老鉱夫は、全てを見透かしたような目で俺を見る。こりゃ、下手な嘘は通じねぇな。


 観念した俺は、正直に「特殊な鉱石を探している」とだけ告げた。ただし、それが「星屑の鉱石」であることや、その用途については口を閉ざした。


 すると、老鉱夫は意外にも、それ以上は何も詮索せず、代わりにこの谷の特性や、安全な時間帯、危険な生物の生態なんかについて、色々と教えてくれた。


 俺は礼として、自作の万能薬(切り傷にも虫刺されにも効く)と、一週間は燃え続ける特殊な燃料を使った携帯ランプを彼に渡した。


「ほっほっほ、これはありがたい。あんたさん、見かけによらず、なかなかの腕利きじゃな」


 老鉱夫は、そう言って機嫌良く去っていった。なんだかんだで、悪い人じゃなさそうだ。


 さて、気を取り直して採掘再開だ。


 ……と、思った矢先、今度は谷の入り口の方から、やたらと騒がしい物音と、大勢の人間の声が近づいてくるのが聞こえた。


「おい! こっちだ! 例の鉱石の反応は、この先にあるぞ!」


「急げ急げ! バルドゥス様がお待ちかねだ!」


 その声には聞き覚えがあった。ギルドの、バルドゥスの取り巻き連中の声だ!


 なんであいつらがこんな場所に!?


 まさか……!


 俺が最悪の予感に冷や汗をかいていると、間もなく、バルドゥス筆頭錬金術師様ご一行が、ゾロゾロと崖の下に姿を現した。


 バルドゥスは、最新鋭らしいピカピカの大型採掘ゴーレム数体を従え、ふんぞり返って周囲を見回している。


 どうやら、エーテル結晶体の精製に失敗続きで名誉挽回を狙ってたバルドゥスが、どこからか「星屑の鉱石」が実は古代技術に利用できる超希少物質である可能性を聞きつけ、部下を引き連れて横取りしに来やがったらしい。


 クソッ! タイミングが悪すぎる!


 バルドゥスは、崖の中腹で作業している俺の姿に気づくと、眉をひそめた。


「ん? あんなところに誰かいるな……おい、お前! そこで何をしている!」


 そして、俺の顔を認識すると、侮蔑に満ちた表情で鼻を鳴らした。


「なんだ、レオではないか。こんな辺境の地で、ネズミのようにコソコソと……見苦しい。我々の作業の邪魔だ、さっさとそこをどけ!」


 相変わらず、上から目線でムカつく野郎だぜ。


 バルドゥスは、俺のことなど意にも介さず、部下たちに指示を飛ばす。


「よし、お前たち! あの崖一帯を、ゴーレムで根こそぎ掘り返せ! 鉱石の選別は後で良い! とにかく、全ての鉱石を確保するのだ!」


 その乱暴な指示に、俺は血の気が引いた。


 あのやり方じゃ、「星屑の鉱石」は他の不純な鉱石と混ざり合い、その特殊な性質も台無しになっちまう! セレスティアに渡すためには、最高純度の、完璧な状態で手に入れなきゃ意味がねぇんだ!


「待て! そんな乱暴な採掘をしたら、鉱石がダメになる!」


 俺は思わず叫んだが、バルドゥスはせせら笑うだけだった。


「フン、三流風情が何を言うか。黙って見ておれ。これが、一流のやり方というものだ」


 ゴーレムたちが、巨大なドリルを回転させながら、崖に向かって動き始める。


 万事休すか……!?


 いや、まだだ! まだ諦めるわけにはいかねぇ!


 俺はギリリと奥歯を噛みしめた。


 あいつらが崖を破壊し尽くす前に、ピンポイントで最高純度の「星屑の鉱石」だけを回収する! そして、セレスティアの元へ届けるんだ!


 落第錬金術師レオの、意地と誇りを賭けて!

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