第6話 森を抜けて


 最初の数日間は、まだ整備された街道沿いだったから、比較的楽なもんだった。時折、行商人や旅の巡礼者とすれ違うくらいで、危険な雰囲気はまるでない。このまま目的地まで行けりゃ楽なんだがな。


 だが、王都から離れるにつれて、徐々に道は険しくなり、人影もまばらになっていく。宿場町も小さく、寂れたものになっていった。


 やがて、街道を完全に外れ、地図にも載っていないような獣道すらない深い森の中へと分け入った。ここからが本当の冒険の始まりだ。


 地図とコンパス、それから古代の測量術を応用した自作の精密方位磁針を頼りに、コンパスが狂いやすい磁場の強い場所を避けつつ、最短ルートで目的地を目指す。もちろん、周囲への警戒は怠らない。五感を研ぎ澄まし、どんな些細な物音や気配も見逃さないように神経を集中させる。


 ある日の夕暮れ時、森の中で野営の準備をしていると、背後の茂みがガサガサという大きな音を立て、三人の薄汚い格好をした、見るからに人相の悪い男たちがヌッと現れた。手には錆びた剣や棍棒を握っている。


「へへへ、兄ちゃん、一人旅かい? こんな物騒な森で、ずいぶんと不用心だなぁ。俺たちが道案内してやろうか? もちろん、タダじゃねぇがな」


 リーダー格らしい、顔に大きな傷跡のある男が、下卑た笑みを浮かべてジリジリと近づいてくる。典型的な追い剥ぎ盗賊ってやつだ。よりによって、こんなところでエンカウントしちまうとはな。運が悪ぃ。


 めんどくせぇな、こいつら。相手にしてる時間がもったいねぇ。


「悪いが、金目のもんはほとんど持ってねぇんだ。食料なら少し分けてやってもいいが、それで勘弁してくれねぇか?」


 俺はわざと弱々しい声で、おどおどした態度を装う。油断させて、一気にケリをつけるのが得策だ。


「ハッ、嘘つけ! その背中のデカいリュック、見るからにパンパンじゃねぇか! 中にはお宝がぎっしり詰まってるに違いねぇ! さっさと中身を全部ぶちまけやがれ! 抵抗したら、痛い目見ることになるぜ!」


 盗賊たちは、獲物を見つけたハイエナみてぇに目をギラギラさせながら、完全に俺を取り囲む。逃げ場はねぇな。


 やれやれ、仕方ねぇか。交渉決裂ってことで。


 俺はゆっくりとリュックを肩から下ろし、地面に置く。そして、中を探るフリをしながら、袖口に隠し持っていた小型の錬金術アイテムを、指先で巧みに起動させた。


「おら、さっさと出せ! 何をごちゃごちゃやってやがる!」


 盗賊の一人が痺れを切らして怒鳴った、その瞬間だった。


「ほらよっ! お望み通り、とっておきのお宝だぜ!」


 シュッ! という鋭い音と共に、俺の両手から、目くらまし効果を最大化した特製の閃光弾フラッシュグレネードと、即効性の強烈な催眠ガスが、完璧なタイミングで同時に噴射される。


「ぐわっ!? 目が、目がぁ! 何も見えねぇ!」


「な、なんだこりゃ……急に、頭がクラクラして……眠く……」


 閃光で視界を奪われ、催眠ガスで思考を麻痺させられた盗賊たちは、あっという間にその場にバタバタと崩れ落ち、ものの数秒で全員スヤスヤと気持ちよさそうに眠りこけちまった。チョロいもんだぜ。赤子の手をひねるより簡単だ。


 俺は念のため、眠ってる盗賊たちの手足をロープで縛り上げ、口には猿ぐつわを噛ませる。こいつらが目を覚まして、また他の旅人を襲ったりしたら迷惑だからな。


 それから、盗賊たちの汚い荷物を漁って、使えそうな保存食と小銭だけちゃっかり頂戴し、あとはそのまま放置して、そそくさとその場を後にした。ま、数時間もすれば麻酔も切れて目を覚ますだろうが、その頃には、俺はとっくに遥か遠くだろう。せいぜい、仲間同士で無様に縛られた自分たちの姿を見て笑い合うがいいさ。


 またある時は、夜の森で野営中に、巨大な牙と鋭い爪を持つ凶暴な魔獣「サーベルタイガー」の群れに遭遇しかけたことがあった。月明かりの下、奴らが狩りのために縄張りを巡回してるのに、風下から運悪く出くわしちまったんだ。


 だが、俺は事前に野営地の周囲に「魔獣忌避香リペレントインセンス」の、特にサーベルタイガーが極端に嫌うとされる特殊な植物成分を濃縮したやつを、広範囲に焚いていた。お陰で、奴らは俺の存在に全く気づくことなく、鼻をクンクンさせながら不快そうに唸り声を上げ、すぐに方向転換して遠くへ去っていった。ふぅ、危ない危ない。錬金術万歳だぜ。


 戦闘を可能な限り避ける。それが俺のサバイバルの基本スタイルだ。錬金術師は、腕力じゃなくて、頭脳と技術で勝負するんだよ。無駄な争いは、時間と資源の浪費でしかねぇ。


 そんなこんなで、道中いくつかのヒヤリとするトラブルはあったものの、俺は致命的な危険に陥ることなく、知恵と錬金術アイテムを駆使してそれらを切り抜け、出発から十日ほどで、ついに目的地の「龍の寝床ドラゴンズデン」のふもとに到着した。


 目の前には、まるでこの世の終わりみてぇな、天を衝くような険しく荒々しい山々が連なり、その中央には、巨大な龍がその巨体で大地を抉えぐり取ったかのような、不気味で底知れないクレーター状の巨大な谷が、ぽっかりと口を開けていた。


 あれが、龍の寝床か……。依頼書の記述以上に、禍々しい雰囲気を放ってるぜ。


 谷の入り口付近には、ツンと鼻を刺すような微かな硫黄の匂いが漂い、奥の方からは、時折、聞いたこともないような生物の咆哮や、奇妙な鳴き声が風に乗って聞こえてくる。空には、コウモリとトカゲを合わせたような、見たこともない巨大な怪鳥が我が物顔で旋回していた。


 こりゃ、確かに並の冒険者じゃ、一歩足を踏み入れただけで腰を抜かして逃げ帰るか、あるいは生きては戻れない危険地帯だな。依頼書に「踏破経験者皆無」と書かれてたのも頷けるぜ。


 だが、俺の胸は、恐怖よりもむしろ、未知なるものへの好奇心と、セレスティアへの使命感で、不思議と高鳴っていた。困難であればあるほど、燃えるタイプなんだよ、俺は。


 俺はリュックから、自慢の「アナライザーポータブル」を取り出し、起動スイッチを入れる。ディスプレイに、周囲の地形データと元素分布の初期スキャン結果が表示される。


「さて、と……お目当ての『星屑の鉱石スターダスト・オア』は、このクソヤバそうな谷の、どこに眠ってるかな? 骨の折れる宝探しになりそうだぜ」


 俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、覚悟を決めて、人跡未踏の龍の寝床へと、その第一歩を踏み入れた。セレスティア、必ずお前の元へ最高の土産を持って帰るからな。

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