第5話 龍の寝床へ

「星屑の鉱石スターダスト・オア」の情報を掴んだ俺は、その日のうちに早速「龍の寝床ドラゴンズデン」への出発準備に取り掛かった。鉄は熱いうちに打て、だ。セレスティアが一刻も早くそれを必要としてるなら、俺も一刻も早く行動しなきゃならねぇ。


 龍の寝床ってのは、依頼書によれば、王都から直線距離でも馬車で数週間はかかるような、マジのガチの辺境の奥地にあるらしい。その名の通り、古代には巨大な龍が棲んでいたっていう伝説がまことしやかに残る、人跡未踏の険しい山岳地帯の一角だ。地図にも、その周辺は「詳細不明・危険地帯」としか書かれてねぇ。普通の人間なら、名前を聞いただけで震え上がるような場所だ。


 当然、道中の安全なんて、誰一人として保証してくれねぇ。むしろ、盗賊や凶暴な魔獣の縄張りになってる可能性の方が圧倒的に高い。下手すりゃ、目的地に着く前に白骨死体になってるかもしれねぇな。


 普通の冒険者なら、こんな無謀な依頼はまず受けねぇだろう。受けるとしても、それなりの戦闘経験を積んだベテランが、万全の準備と屈強なパーティーを組んで、命がけで挑むような案件だ。だが、俺はソロ。おまけに、腕っぷしなんてそこら辺のゴロツキにも劣るかもしれねぇ。


 だから、俺の装備はちょっと、いや、かなり特殊だ。そこら辺の冒険者とは、根本的に発想が違う。


 まず、背負うのは特製の錬金術師リュック。見た目は何の変哲もない、使い古された革袋だが、その内部には古代文明の空間圧縮術式を改良して組み込んである。お陰で、見た目の数倍、下手すりゃ十倍近い容量を誇る、俺専用の四次元ポケットみてぇなもんだ。もちろん、重量軽減の術式もかかってるから、荷物がパンパンでも肩がぶっ壊れる心配はねぇ。


 その中身は、まさに俺の知恵と技術の結晶だ。

 どんな硬い岩盤でも効率よく掘削するための超振動ピッケル、「ソニックディガー」。こいつは、先端に特殊な合金を使い、超音波振動で対象物を粉砕する。普通のピッケルの何倍も早く掘り進めるし、音も比較的静かだ。


 鉱石の成分をその場で精密に分析できる携帯型元素分析キット、「アナライザーポータブル」。手のひらサイズのくせに、ppmオーダーでの元素分析が可能。これがあれば、目的の鉱石を間違うことはねぇ。


 様々な種類の魔獣が嫌う特殊な周波数の音波と、濃縮された植物由来の匂いを出す「魔獣忌避香リペレントインセンス」数種類。対象に合わせて使い分けることで、大抵の魔獣は戦闘を回避できる。まさに、逃げるが勝ちの俺にピッタリのアイテムだ。


 万が一の時のための高濃度栄養剤「ライフコンデンス」。一滴飲むだけで数日間は飲まず食わずに活動できる、究極のサバイバルフードだ。味は保証しねぇがな。


 断崖絶壁だろうが、深い谷だろうが、自由自在に移動するための伸縮自在ワイヤー「ロープグラップリングフック」。先端には強力な吸盤と鉤爪がついてて、どんな場所にもガッチリ固定できる。


 その他、ありとあらゆる状況を想定したサバイバルグッズ。強力な解毒剤、瞬時に出血を止める止血剤、暗闇でも昼間のように見える暗視ゴーグル、どんな汚水でも飲料水に変える携帯型浄水フィルター、方位磁針、気圧計、温度計、湿度計、等々……。


 これら全部、俺の地下工房で夜な夜な研究と改良を重ねて作り上げた、一品物の錬金術アイテムだ。そこら辺の店じゃ絶対手に入らねぇし、その性能も折り紙つき。俺だけの秘密兵器ってやつだな。これだけあれば、どんな秘境だろうと踏破してみせるぜ。


 武器らしい武器といえば、腰に差した一本の、くたびれたサバイバルナイフくらいのもんだ。ま、こいつは主に調理用か、邪魔なツタやロープを切ったりする用だけどな。間違っても、魔獣とチャンバラする気はさらさらねぇ。


 数日分の保存食と水をリュックに詰め込み、準備は万端。工房の扉に鍵をかけようとした時、まるで俺の出発を待っていたかのように、背後からヌッと大家のばあさんが出てきた。心臓に悪いぜ、まったく。


「レオよ、お前さん、またどこぞへ長旅に出るつもりじゃな? そのリュックの膨らみよう、ただの散歩じゃなさそうじゃのう。家賃、今月分もまだじゃぞ? いい加減、まとめて払ってもらわんと、わしも困るんじゃが」


 ギクリ。やっべ、また家賃のことすっかり頭から抜け落ちてた。俺の頭の中は、星屑の鉱石とセレスティアのことでいっぱいだったからな。


「あ、あはは……大家さん、おはようございます。ええと、その、実はちょっと大きな仕事が入りましてね。かなりの辺境まで、希少な素材を採集しに行くことになったんですよ。成功すれば、結構な大金になるはずなんで、戻ったら、滞納分も利子も付けてガッツリ払いますんで! どうか、それでご勘弁を!」


 俺はヘコヘコと、普段見せないくらい殊勝な態度で頭を下げる。大家のばあさんの前では、俺はただの貧乏錬金術師だからな。


「ふぅん……まぁ、いいさ。お前さんの作るものは、時々わけのわからんガラクタもあるが、たまには目を見張るような逸品を仕上げることもあるからのう。ちゃんと稼いでくるんだよ。途中で野垂れ死になんてするんじゃないぞ。そうなったら、わしが部屋に残されたお前さんのガラクタを処分する羽目になるんじゃからな」


 大家のばあさんは、意外にもそれ以上は何も言わず、大きなため息一つついて、ガタンと音を立てて家の中に戻っていった。なんだかんだで、俺の作るものを少しは認めてくれてんのかもしれねぇな。それとも、単に家賃を取りっぱぐれたくないだけか。ま、どっちでもいいや。


 よし、これで心置きなく出発できる。後ろ髪を引かれるものは何もない。

 俺は王都の南門をくぐり、一路、龍の寝床を目指して、朝日の中を歩き始めた。

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