第4話 筆頭錬金術師の挑戦
セレスティアが「
だが、この星光鋼ってやつ、マジで情報がねぇのなんの。ギルドの巨大な図書館の文献を片っ端から漁っても、闇市場の胡散臭い古物商の親父に鼻薬嗅がせて聞き出そうとしても、影も形も見当たらねぇんだ。本当に存在するのかよ、それ? って疑いたくなるレベルだ。セレスティアが見た古写本が、唯一の手がかりってことか。
途方に暮れかけていた矢先、王都でちょっとした、いや、かなり大きな騒ぎが持ち上がった。まるで、俺の鬱屈した気分を吹き飛ばすかのような、景気のいい話だ。
「聞いたか? 王国が、長年塩漬けになっていた、古代遺跡から発掘された『
「おお、あの伝説の! 数百年前に一度動かそうとして大失敗したってやつか? 成功すれば、空飛ぶ船とかも夢じゃないって話だな! そうなれば、物流も戦争も、何もかもが変わるぞ!」
街の酒場で、そんな噂話が興奮気味に飛び交っていた。隣の席の酔っ払い親父なんか、もう空飛ぶ船で世界一周旅行する計画まで立ててる始末だ。気が早すぎるだろ。
で、その再起動に必要不可欠なのが、「超高純度のエーテル結晶体」らしい。エーテルってのは、この世界のあらゆる魔力の源となるエネルギーのことだ。それを高純度で結晶化させるのは、至難の業中の至難の業。
この国家的な、いや、歴史的な大プロジェクトの責任者に大抜擢されたのが、誰あろう、我が王立錬金術師ギルドの誇る筆頭錬金術師、バルドゥス様その人だった。まぁ、ギルドで一番偉くて、一番声がデカい奴に白羽の矢が立ったってことなんだろうな。
王宮に呼び出されたバルドゥスは、国王陛下の前で、胸を張って高らかに宣言したらしい。その様子は、魔力通信を使った新聞みてぇな安っぽい「王都日報」の一面を、これでもかってくらいデカデカと飾っていた。
「このバルドゥス、我が錬金術の粋を尽くし、必ずやエーテル結晶体の精製を成功させ、陛下の、そして王国の輝かしい未来への期待に応えてご覧にいれますぞ! 我が名誉にかけて!」
バルドゥスは一躍、時の人となった。まぁ、元々ギルドじゃ有名人だったけどな。今じゃ、街を歩けば「おお、バルドゥス様!」「期待しておりますぞ!」なんて声援が飛ぶほどの人気っぷりだ。本人は満更でもない顔で手を振ってるらしいが、想像しただけで反吐が出そうだぜ。
「エーテル結晶体の精製か……バルドゥスにできるかねぇ。あの男、プライドだけはいっちょ前だが、実力はなぁ」
俺は工房の地下で、その新聞記事を読みながら一人毒づいた。壁には、俺が独自に研究しているエーテル結晶体の理論式がびっしりと書き殴られている。
エーテル結晶体の精製は、錬金術の中でも最高難易度の技術の一つだ。理論は古代から確立されてるものの、実際に安定した品質で、しかも実用レベルの大きさの結晶体を精製できた例は、歴史上でも数えるほどしかねぇ。それくらいデリケートで、危険な代物なんだ。
バルドゥスは、早速ギルドの最新鋭の設備が揃った特別実験室に籠もり、大勢の弟子や助手を引き連れて、エーテル結晶体の精製実験を大々的に開始した。その実験室は、普段は厳重に封鎖されてる、ギルドの最深部にあるらしい。
その様子は、時折ギルド内にも伝わってきて、さながら国家機密プロジェクトと一大エンターテイメントショーが合体したような、奇妙な騒ぎになっていた。
「バルドゥス様、本日も深夜まで実験を続行中とのこと! その不眠不休の情熱、まさに錬金術師の
「おお、たった今、実験室から眩い紫色の光が漏れ出でたとの情報が……! もしや、ついにエーテル結晶体、成功の兆しか!?」
……って、アホか。あんな派手なパフォーマンス交えて、逐一状況をリークして、見世物みてぇに実験して、成功するわけねぇだろ。錬金術ってのはな、もっと地味で、孤独で、泥臭いもんなんだよ。
俺は、バルドゥスがギルドの広報向けに公開してる、実験手順の概要とやらにチラッと目を通しただけで、すぐにいくつかの致命的な問題点に気づいた。
(……触媒として使ってる希少金属の配合比率が、根本的に間違ってる。これじゃ、エーテルの定着率が極端に低い。それに、魔力注入時の温度管理も雑すぎる。あの方法じゃ、良くて低純度のクズ石、悪けりゃエーテルが暴走して大爆発だぜ。基礎理論の解釈が、絶望的に甘いな。教科書の丸暗記しかしてこなかったタイプか、こいつは)
案の定、バルドゥスの実験は、連日連夜、華々しく失敗の連続だった。時々、実験室から小さな爆発音や、弟子たちの悲鳴が聞こえてくるなんて噂も流れてたな。
最初は自信満々だったバルドゥスも、さすがに焦りの色を隠せなくなってきたらしい。ギルド内で彼を見かけると、目の下に深いクマ作って、普段の尊大な態度はどこへやら、イライラと壁を蹴飛ばしたり、弟子に当たり散らしたりしてるって話だ。ざまぁみろ。
ま、俺には関係ねぇけどな。せいぜい頑張って、国の予算を湯水のように無駄遣いしてくれや。その金で、俺の工房の屋根でも修理してくれりゃいいのによ。
そんな中、エーテル結晶体の騒ぎとは全く別のところで、俺にとって、一つの光明が差し込む情報が舞い込んできた。本当に、偶然も偶然、神様の気まぐれみてぇなもんだった。
ギルドの素材買付部門の隅っこにある、古びた掲示板。そこには、誰も見向きもしないような、マイナーな素材の探索依頼がひっそりと張り出されてるんだが、その中に、俺の目を釘付けにする一枚の依頼書があった。
「求む:辺境『龍の
龍の
依頼書には、その特殊鉱石のおぼろげなスケッチが添えられていた。それは、黒曜石みてぇな漆黒の石の表面に、まるで夜空に散りばめられた星屑をそのまま封じ込めたように、無数の微細な金属粒子がキラキラと淡く輝いている、なんとも奇妙で美しい鉱石だった。
そして、その鉱石の補足説明文に、俺は思わず息を呑む一文を見つけた。
「──伝承によれば、この鉱石は、夜間に星の光を長時間浴びることで、内部の金属粒子が励起し、極めて特殊な魔力伝導性と共鳴性を帯びるという。一部の古代失伝文献では『星屑の
星屑の
これだ! ビンゴだ!
間違いない! これが、セレスティアが血眼になって探してる「
俺の胸は、久しぶりにドクンドクンと高鳴った。まるで、長年探し求めていたパズルの最後のピースが、目の前に現れたような気分だ。
この依頼、危険度極めて高し、踏破経験者皆無、か。そりゃ、バルドゥスみたいな見栄っ張りは手を出さねぇわけだ。失敗すれば自分の経歴に傷がつくし、成功してもエーテル結晶体ほど華々しい手柄にはならねぇからな。「そんな得体の知れない石ころに、我が貴重な時間を割くことはできん」とか言って、鼻で笑ってるに違いねぇ。
よし、この依頼、俺が受ける! 他の誰にも渡してたまるか!
危険度? 上等だ。龍の寝床だろうが、冥府の入り口だろうが、セレスティアのためなら、どんな場所へだって行ってやるぜ!
俺は、周囲に誰もいないことを確認し、誰にも気づかれないように、音もなくその依頼書を懐にしまい込んだ。
待ってろよ、セレスティア。お前が必要としてるモンは、必ず俺がこの手で掴んで、お前の元へ届けてやるからな。どんな困難が待ち受けていようとも、だ。
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