第3話 錬金術師の噂と星詠みの祈り
禁書庫から無事(?)に「アトラトル天文古写本」の写しを持ち帰った俺は、早速それを匿名でセレスティアの天文台に送り届けた。もちろん、例の如く夜陰に紛れて、だ。俺はまるでコウモリか何かか?
数日後の「星詠み配信」で、セレスティアは興奮した様子で語っていた。タブレットの画面越しでも、彼女の目の輝きが伝わってくる。
『先日、どなたか存じませんが、あの「アトラトル天文古写本」の完璧な写しを届けてくださいました! 本当に、どれだけ感謝しても足りません……! この写本に記されていた古代の計算式と、新しい観測機器のデータを組み合わせることで、星々の軌道予測の精度が格段に向上し! その結果、私の研究は飛躍的に進みました!』
彼女の顔は晴れやかで、声には力がみなぎっている。うんうん、それでこそ俺が禁書庫に忍び込み、危うくギルドの後輩に見つかりそうになるっていうスリルを味わった甲斐があったってもんだ。俺の苦労は、全てセレスティアのあの笑顔のためだ。そう思うと、多少の無茶も厭わないって気になるから不思議だよな。
しかし、その一方で、俺にはちょっとした懸念事項があった。いや、かなり大きな懸念事項だ。
禁書庫で俺の姿を見ちまった、アルトのことだ。
あいつ、ギルドで変な噂とか流してねぇだろうな……。ただでさえ「落第錬金術師」だの「ギルドの厄介者」だの言われてる俺だ。これ以上、変なレッテルを貼られるのはごめんだぜ。特に、「禁書庫荒らし」なんて呼ばれた日には、目も当てられねぇ。
その頃、王立錬金術師ギルドの休憩室では、まさにそのアルトが、先輩の錬金術師と俺の噂話をしていた。休憩室の隅っこで、声を潜めて。 ……その会話、俺は壁に耳あり障子に目あり、偶然通りかかって聞いちまったんだよな。いや、正確には、アルトの様子が気になって、こっそり聞き耳を立ててたんだけど。
「……それで、本当にレオさんが禁書庫にいたんですか、アルト君? あのレオが? 信じられませんねぇ」
先輩錬金術師のダリウスが、訝しげな顔でアルトに尋ねる。ダリウスは、典型的なエリート意識の塊みたいな男で、ギルドの序列や実績を何よりも重んじるタイプだ。
当然、俺みたいな底辺の錬金術師のことは、常々虫ケラ同然に見下している。今日の昼飯のスープが薄かったことの方が、よっぽど重大事件だと思ってるだろうぜ。
「は、はい……多分。暗くてはっきりとは見えなかったんですけど、あの雰囲気と、使っていた道具の感じは、間違いなくレオさんだったと思います……。何か、非常に貴重そうな写本を熱心に写していました」
アルトは歯切れ悪く答える。こいつ、意外と口が堅いのかもしれん。それとも、俺のことを少しは信用してくれてるのか? だと嬉しいんだがな。
「ふん、レオがねぇ。あいつが禁書庫に何のようだっていうんだ。どうせ、またくだらないガラクタでも作ろうとして、禁断の知識でも漁ってたんじゃないのかね? それか、貴重な古書を盗んで闇市で売りさばくつもりだったとか。あいつならやりかねん」
ダリウスは鼻で笑い、淹れたてのハーブティーを一口すする。その仕草がいちいち鼻につくぜ。
「でも、レオさん、昔は『神童』って呼ばれて、ギルドの次代を担うとまで期待されていた時期があったって聞きましたけど……。一体、何があったんですか?」
アルトが、おずおずと反論する。こいつ、意外と俺の過去に興味があるみてぇだな。
「神童? ああ、確かにそんな時期もあったな。ほんの一瞬だが。だが、それも昔の話だ。あいつは、あの『賢者の石』再現実験で歴史的な大失敗をやらかして以来、すっかり落ちぶれたのさ。才能なんて、とっくに枯れ果てたのよ」
「賢者の石……? あの、あらゆる金属を黄金に変え、不老不死をもたらすという伝説の……?」
アルトの目が、少しだけ輝いた。若い錬金術師にとって、賢者の石は永遠の憧れみてぇなもんだからな。
「そうだ。だが、結果はどうだ? 王都の区画の半分を吹き飛ばしかけた、ギルド史に残る前代未聞の大失態だよ。死者が出なかったのが奇跡なくらいだ。あれ以来、ヤツはギルドの厄介者。作るものも、三流品ばかり。才能の枯渇した、ただの落第錬金術師さ。禁書庫に入れたのも、何かの間違いか、警備の怠慢だろう」
ダリウスは、まるで汚物でも見るかのような目で、休憩室の窓から見える俺のオンボロ工房の方をチラリと見て、吐き捨てるように言った。
賢者の石ねぇ。懐かしい話だ。あの頃の俺は、確かに若くて、怖いもの知らずで、自分の才能を過信してたかもしれねぇ。
確かに、俺は数年前にその再現実験とやらに関わった。そして、結果的に大爆発を引き起こし、多大な被害を出した。それは事実だ。ギルドからの信頼も、名声も、全て失った。
だがな、ダリウス。お前らは何も分かっちゃいねぇんだよ。
あの実験は、成功まであと一歩だったんだ。俺の計算では、完璧なはずだった。だが、最後の最後で、外部からの妨害工作があった。何者かが、実験装置の
それ以来、俺は全ての研究を表舞台から隠し、馬鹿のフリをして、目立たないように生きてるってわけだ。本当の力を見せれば、また誰かに邪魔されるかもしれねぇからな。用心するに越したことはねぇ。
まぁ、アルトは少し違うみてぇだけどな。あいつの目には、まだ探究心と、ほんの少しの疑念の色が残ってる。
うん、アルト君、君は見る目があるな。今度、こっそり特製栄養ドリンクでも差し入れてやるか。ギルドの食堂の飯より、よっぽど体にいいぞ。
一方、セレスティアの天文台では、研究が新たな、そしてより深刻な局面を迎えていた。俺が届けた古写本の情報が、彼女に新たな真実を突きつけたんだ。
『「アトラトル天文古写本」と、最新の観測データを照合した結果……やはり、間違いありません。「厄災の星」が、着実にこの世界に接近しています! その星は、古の民からは「終焉の
セレスティアの声は、いつになく切迫していた。画面越しの彼女の顔も青ざめているように見える。
厄災の星、ね。終焉の
『ですが、希望はあります! 古写本には、厄災を回避するための、唯一の儀式についても記されていました。その儀式には……「
『星光鋼……それは、星の光を浴びて生成されると伝えられる、伝説の金属。古代の巫女たちは、これを用いて星の力を制御し、災厄を退けたとされています。これさえ手に入れば、あるいは……この世界を、救えるかもしれません』
セレスティアは、祈るように呟く。その顔には、大きな使命感と、それを成し遂げられるかどうかの不安がくっきりと浮かんでいた。か細い肩に、世界の命運なんて重すぎる荷物を背負っちまったんだな。
『名も知らぬ、支援者様……。いつも、私の研究を助けてくださり、本当にありがとうございます。もし、この声が届いているのでしたら……どうか、この星光鋼を手に入れるための手がかりを……どんな些細な情報でも構いません。お教えいただけないでしょうか……』
タブレットの向こうで、セレスティアが深く頭を下げる。その姿は、悲痛なまでに真剣だった。
おいおい、俺は神様でも何でもねぇぞ。ただのしがない錬金術師だ。
だが、彼女の真摯な祈りは、確かに俺の心にズシリと響いた。
面白ぇ。どんな代物か知らねぇが、セレスティアがそこまで言うなら、俺が何とかしてやろうじゃねぇか。彼女が世界を救うっていうなら、俺はそのための道具を用意するまでだ。それが、俺にできる唯一の貢献なんだからな。
落第錬金術師の本気、そろそろ世間に見せつけてやってもいい頃かもしれねぇな。いや、世間じゃなくて、セレスティアにだけ見せればいいか。
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