歩み
「行ってきます」
昨日はこの恋の進展が急すぎて眠れなかった。今後の関係を意識すると心臓が高鳴る。
今日も話したいなぁ、いやそのために本を持ち寄るという約束を取り付けたのだ。今朝から三回程確認しているバックをもう一度確認する。しっかり入っている。よし、行こう。
はぁ…図書室に行けると思ったのになんでこういう時に限って仕事を押し付けられるのか…
一時間かけやっと終わった。今日に限って早く帰ってたら…なんて最悪を想像しながら図書室にダッシュする。
良かった、居た。小説を読んでる。近づこうとしたが、本を開いているだけでどこか上の空で考え事をしてるのに気づいた。少し離れた正面でひと段落するまで見守ろう。
それにしても可愛いなぁ…自分の好きな事を好きなようにして存分に生きていて羨ましいなぁ…
傍から見たら謎にニコニコしてる変人だろうが、今だけはそんなこと気にせず笑う。幸せだ。この時間が何時までも続けばいいのに。
座ってから十分くらい経った頃だろうか、彼が顔を動かしこちらに気づく。私はニコッと笑って席を移動する。
今日は無言で隣に座る。
「おはよ」
「お、おはよう」
へへ、挨拶してくれた嬉しい。
「何読んでたの?」
とりあえず聞いてみる。
「昨日言ってた約束の。僕の好きな本の中の一冊だよ。」
そう言って彼は本の表紙を見せてくれた。
―――宙へ舞う。―――
白い表紙に大きく力強く書かれたその字に目を疑った。
なんたって私もその本を持ってきたから。
「白鳥くん、実は私も…」
(まだ話して二日目、まだ苗字呼び。)
そう言いながら全く同じ本を取り出す。
彼も目を見開いた。
なんたってこの表紙が示すものは、五年前の初版限定特別版であり、もう出回ってないチョー激レア品ということなのだ。コアなファン以外持ってない代物だ。
お互いに本当に本好きなのがこれで分かってしまった訳だ。二人して見つ合って笑う。
そういえば彼がちゃんと笑っているところ、これまでの二ヶ月ちょっとで初めて見たな、なんて心の中で冷静になる。
でも今はそんなことどうでもいい、彼と新たな共通点ができた。そしてそれで笑い合えている。
この幸せを噛み締めたかった。
この本のこのシーンが好きだとか、この言い回しが好きだとか、昨日以上に盛り上がって話してしまった。
昨日、勇気を出して話してから、どんどん共通点が出てくる。話して正解だったな…
どんどん好きが膨らんでいく。
大好き。彼も。今の生活も。
こんな時間が、日々が、いつまでも続けばいいのに。
そんな永遠を願う。ありきたりなシチュエーション。
それでも私は願う。そして、私はこの日々を続けるためならなんだってする。
昨日と同じ交差点か見えてきた。
ふと横を見る。隣にいたはずの彼がいない。振り返ると数歩後ろで立ち止まってる彼がいた。
昨日もおかしかった。
ここが怖い?いや、朝通ってるから大丈夫か。なら昨日の私になにか感じたのだろうか?
俯いたまま動かない彼。私もまた彼を見つめて動かない。
沈黙が流れる。
……このままじゃダメだ。
そう思った時には、私は彼の手を掴んで走っていた。
急に引っ張られ驚いた彼は、従順にも共に走りながら言う。
「どこにいくの?」
「私の家!」
⁉︎
自分でも何を言ってるのか分からなかった。
チラリと彼の方を見ると、顔を真っ赤にして首をブンブン横に振っている。
「いやいや、急すぎるよ。親は?」
確かに急すぎる。彼に確認も取っていない。
「大丈夫、家に親いないから。」
そう、確かに親は居ない。
「いやいや、それでもだよ。」
うん、確かに無理やりすぎてやばい。
全部正しい。
けど、全部間違ってる。私の内がそう言ってる。
今、彼に寄り添わずに誰が寄り添うのか。話を聞かなければならない。そう思った。
着いた。
玄関に靴はない。相変わらず誰も居ない。
彼をあげて、私の部屋を案内する。
部屋に行く時、リビングの机に置いてある紙に目が止まった。
奏へ
そう書かれていた。
お父さんの字だ。
封筒だ、分厚い。
とりあえず、彼にバレないようにカバンにしまう。
これは読まなければならいと思う。どっちの話を聞くのが優先か、そんなの私には分からない。
けど、今は彼の方が大事だと思うから。これは一旦さようなら。
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