偽り

 今日も無言で家を出る。

 今日はバックに珍しいものを入れてきた。大切だから、と普段持ち歩かないお気に入りの一冊の本。昨日彼女と別れる前に約束したのだ、お気に入りの一冊をお互いに持ってくる、と。最後の最後で嫌われたのだが、一片の希望を抱いているのだろうか、持って行かねばならないと心の何処かが訴えている気がした。


 授業が終わるのが楽しみだった、なんで何がこんな楽しみなのか、自分がよく分からなくなってきた。そんな事を考えながらいつもと同じ席に着いて、持ってきた例の本を自ずと取り出し読んでみる。

 何度も読んだ話。友人の死に感化された主人公が友人の生き様を心に宿して薄暗い世を切り開く話。

 こんな友人が居たらどんなに幸せだろうなんて毎回思う。それと同時にどちらの立場にも僕は立てない事を悟り羨ましく、憤る。その感覚が好きなのだ。自分がよく分からなくなったら読むことが多い一冊。お気に入りの本なんて山ほどあったが、これを選んだのはこれを昨日読んで記憶が新しかったからだ。




  昨日。十九時。

 家に帰るやすぐに義母さんに呼び止められた僕は何を言われるかビクビクしながらリビングの席に着いた。

 よっぽどビビってるのが分かりやすかったのか、義母さんが笑う。良かった、そんな深刻な話じゃないらしい。そう安堵した僕に向かって義母さんは言った。

「あんた、四年前に両親について聞いてきたでしょ?」

 これは親についての話なのだと分かった。確かに数年前に少し気になって聞いたが、今はその時以上に興味が薄れていたから、今更?と不意な告白にフリーズする。

「あの時はまだ答えるべきじゃないと思って曖昧にしてしまったの、ごめんなさいね。」

 それから、母と父がどんな人だったか、そして二人の死がどんなものだったかを教えてもらった。

 二人はずっと仲が良いと評判だったらしい、しかし実際には僕が生まれてから意見の相違や仲違いが多くなり、父は暴力的になったという。最終的に離婚の話になった時、怒った父が母を殺したらしい。その後勿論父は逮捕され、両親の居なくなった僕は、唯一手が余っていた今の家に引き取られたのだ。ほとんどその事件を覚えてなかった僕に義母さんは、母は事故死、父は追っかけ自殺なのだと教えておいたのだという。

「父さんは今何処にいるの?」

 別に全く会いたくないが、判決を聞く限り懲役年はとっくに過ぎている。

「何処にいるか、生きてるか死んでるか、分からないの」

義母さんが服役中の面談で、今後一切連絡も取らないし関わらないという約束を取り付けたから何も知らないらしい。

 僕は安堵した、これで知ってるなんて言われたらどんな顔すればいいか分からなかった。

 父が母を殺したという事実は話してから数時間、寝床で僕の思考に絡みついて離れなくなっていた。確かに衝撃的だったが、僕は両親の顔をもう知らない、こんな人が…なんて感想は微塵も出ないはずだった。だが、実の親という確かな愛がどこかにあったであろう存在が、そんな事をするはずがないという無意識が頭を引っ張っていた。

 こういう時は本を読む。頭をファンタジーに浸すと頭がスッキリするのだ。




 そうして結局眠れずに今日の図書館、という訳だ。

 そういえば、やはり彼女は来ないのだろうか、気づいたら物語も中盤、主人公と友人の最後の会話のシーンまで来ていた。


「まぁ、頑張れよ。色々。じゃあな」


 それは会話というより一方的な独り言でしかなかった。最後というものに執着していない、あるいは最後だと思っていないように感じた。

 自分の人生の終わり際を決めていた彼は本当にもうこの人生に満足したのだろうか。

 そうして二人は別れる。永遠の別れ。

 永遠の別れが本当にこうも綺麗に終わるわけがないのがもの寂しく感じる。こんなのだったらいいのにな……


 中盤の盛り上がりに浸っているといつの間にか前方の机に座ってこっちを見る見知った顔に気づいた。

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