第11話 灼熱の断層・紅砂海の決闘
竜骨輸送管──ディオス=ギアの巨大骨組みをくり抜いた搬送路――を抜けると、むっとする熱気が顔を撫でた。
足もとに赤い砂。頭上には天井も空もないのに、薄紅色の光がうずまき、熱波が左右から押し寄せる。まさしく第2フォールト〈紅砂海〉だ。
「うわ、サウナよりヤバい!」
コリンが盾の残骸を抱えたまま早くも汗だく。
「気温四十五度、でも体感は六十。熱エーテルが空気中で燃えてるの」
セレスティアが淡々と言うと、ライルは鞄の水筒を握りしめた。
「水、節約を徹底しよう。次の補給は不明だ」
砂の海は波のように起伏し、地面の割れ目から赤黒い炎が漏れる。遠くには骨のように白い輸送管がいくつも突き刺さり、残照を受けて蜃気楼を生む。
視界のゆらめきが“残響”を歪ませ、ライルの耳奥がノイズでしびれる。
「熱のせいで共鳴が乱れてる。方向感覚も怪しいな」
「これを使って。〈霜結晶膏〉」
セレスティアが小瓶を取り出し、白い軟膏をライルのこめかみへ塗った。瞬時に冷気が浸透し、ノイズが薄れていく。
「助かる! でも自分は?」
「半精霊は熱に強いけど睡魔が倍速で来るの。だからあなたが先導して」
そう言って、彼女はフラついたコリンの首筋にも塗りつけた。
「ひゃっ冷たい! でも生き返る~」
赤い砂丘を一列で進むうち、遠くから車輪と風切り音が近づいてきた。
「砂上ヨット?」
帆とスキー板を合わせたような“紅砂艇”が三隻。乗っているのは布マントにゴーグルの流民たちだ。先頭の男がライフル型の魔導銃を構えて叫ぶ。
「旅人か!? それとも“爪付き”か!?」
「爪付き?」
ライルが首を傾げる暇もなく、男は銃口を引いた。
乾いた弾丸が足もとの砂を跳ね、熱煙が上がる。
「おいおいいきなり実弾かよ!」
「待て、俺たちは敵じゃ――」
言いかけて、流民の背中に黒い結晶片が突き出ているのに気づいた。
ディオス=ギアの欠片だ。しかし黒檀の爪のように変質し、肉を貫いて自己増殖している。
「“影獣寄生片”……ゼクスが流民を実験に」
セレスティアの声が震えた。
ライルは剣を半月に振り、残響を試す。しかし熱乱流で刃先が揺れ、軌道が鈍る。
「直接斬るのはリスク高い!」
「なら盾タックルを新式で!」
コリンは背負っていた金属板――道中で拾った輸送管ハッチを急ごしらえで鍛え直した“サンドシールド”――を正面に構え、砂丘を滑走。
「【フライパン・サーフィンβ】!!」
「それただのサーフィンだぞ!」
紅砂艇が放った火矢をシールドが弾き、コリンは艇の横腹へ体当たり。横転した艇から流民が落ち、寄生片が黒煙を吹きながら暴走した。
セレスティアが風精霊の矢で黒煙を押し戻し、同時に氷精霊を注入。
「熱と寒の相殺で欠片を一時凍結!」
凍りついた寄生片をライルが剣で叩き割る。残響を極限まで絞り、熱ノイズを“白音”扱いして刃を安定化。
「──共鳴断!!」
割れた黒結晶が灰となって散った。流民は気を失ったが、生体反応は微弱ながら残っている。
残り二隻の紅砂艇は方向を変え、砂を巻き上げて撤退。
「行ったか……」
コリンが膝をつき、汗と砂で顔をドロドロにしながら笑う。
「盾サーフは成功率高い! けど次やったら膝が折れる!」
助けた流民――少年サユと名乗った――が目を覚ます。
「黒い爪を背中に刺されて……みんな“熱に飢える獣”に変わった……」
ライルたちは簡易テントを張り、冷却布で少年を休ませた。
「アビス寄生が進むと、体内の魔力を熱量へ変換し暴走する。抗えるのは短時間。でも自我が戻ったならまだ助けられる」
セレスティアが少年の背へ霜結晶膏を塗ると、黒い傷が縮む。
サユは震える声で、ゼクスの拠点が紅砂海の中央“熔涙(ようるい)のオアシス”にあると語った。
「赤い池の底で、金属の心臓を見た……。あれが、あれがみんなを……」
少年の言葉が途切れ、深い眠りに落ちる。
「熔涙のオアシスか。砂が涙のように溶けて落ちる巨大クレーターだと聞いたことがある」
ライルは短剣の灰光を確かめた。方向は一致――ゼクスの欠片精製場に違いない。
夜。紅砂海の温度は三十度まで下がったが、地面は焼けたまま。ライルは砂丘の上で剣を振り、昼間の熱乱流を思い出していた。
熱が音を歪めるなら、逆に“冷音”で包めば真芯の波だけが聴こえる。
「冷音……セレスティアの風霊術と共鳴を重ねればできるかも」
試しに剣を水平に構え、ゆっくり呼吸を合わせる。
風の走る音、砂のざわめき、遠雷のようなコア鼓動。余分を削り“骨音”だけを束ねる――。
刹那、刃先から淡い蒼光が歪みを飲み込んで直線に走った。周囲の砂粒が凍り、パラパラと砕け散る。
「おお、クールソード!」
いつの間にか見ていたコリンが拍手。
「その調子なら明日オアシスで派手にキメられるな」
「その前に盾を補修しろよ」
「今夜は鍋蓋……じゃなくて“盾鍋”で水蒸気蒸しパン作るから忙しい!」
結局、食の執念で夜は更けた。
翌朝――熔涙のオアシス。
クレーターの底で赤いガラス湖が煮え立ち、中央に黒い鋼鉄の塔がそびえる。塔の裾では寄生片を刺された流民たちが行進し、塔内部へ赤砂を運んでいる。
「欠片の大規模精錬だ……ディオス=ギアの“火核”を作る気ね」
セレスティアが冷えた息を吐き、ライルは剣を少し握り直す。
「止める。できるだけ流民は救いながら」
「そのために盾鍋でパンを焼いてきたんだぜ!」
「何で!?」
「腹が減った解放奴隷より、腹いっぱいの解放奴隷の方が元気出るだろ!」
「……わかった。説得力はある」
蒸しパンの香りを背負い、灰の騎士たちは燃えるオアシスへ降下する。
紅砂と熱風が渦巻く中、ライルの剣先に蒼白い冷音が灯った。
次なる“灼熱決闘”。
灰と蒼の共鳴が、紅の砂海に新たな傷を刻もうとしていた――。
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