第8話 父の遺書と“断層”の真実

 森を抜ける頃には、空が茜から紺色へと滲みはじめていた。

 ライルたちは小高い丘に焚き火を起こし、境界石と短剣を中央に並べる。先ほど母体石から回収した木箱――ライルの父の銘板が打たれたそれを、まだきちんと確認できていなかったからだ。


「さっきは出口で急いだから、腰を落ち着けて開けよう」

 コリンが盾をテーブル代わりに木箱を置き、釘をこじ開ける。

 中から出てきたのは革装丁のジャーナル、巻物状の地図、そして封蝋つきの長い手紙。封蝋には再び“灰色命令符”――灰色の剣を象った紋章が刻まれている。


「ライル、一応みんなの前で読んでいい?」

 セレスティアの問いに、ライルは深呼吸して頷いた。

「みんなも父さんの遺志を背負ってる。ここで共有しよう」


 封を割ると、羊皮紙にびっしり書かれた文字が焚き火の橙に揺れた。


◆ ルガード・グレイアッシュ最終報告 抜粋

息子ライルへ。


私は〈王国断層調査隊〉として七断層を巡り、神代兵器ディオス=ギアと深淵種アビスの“共鳴関係”に行き当たった。


ディオス=ギアが核出力を上げるほど、アビスは影獣として地表に漏出する。


〈七断層〉はアビスを縛る封鎖壁であり、同時に神代が残した“対アビス用エネルギー導管”でもある。


核出力を制御する鍵が 灰色命令符(TOTAL:4枚)。うち1枚をお前に託す。


世界を再統合できる者は、命令符を自在に扱える“灰の継承者”だけだ。

だが統合は同時に封印を弱め、アビスを呼び覚ます危険も孕む。


「断層を閉じ、世界を守る」か

「封を解き、世界を一つに戻す」か


選択を委ねる。ただし “真に護る意志”を持つ者が四枚の命令符を束ねたときのみ、いずれの未来でも深淵を鎮められるだろう。


もし私が帰還せずとも、仲間を信じ、必ず原因を断て。

そして、お前自身の答えを刻め。

――父 ルガード・グレイアッシュ


 手紙の文字が滲む。火ではなく、ライルの目に浮かんだ涙で。


「……やっぱり父さんは断層全部を歩いたんだ」

「灰色命令符って四枚しかないのか……。こりゃゼクスが狙うわけだ」

 コリンが腕組みし、セレスティアは巻物地図を慎重に広げた。父のオリジナル地図には、七断層の中心部に赤インクで×印と「第八座標(コア)」の書き込みがある。


「深度八七〇メルって、母体石が示した数値と同じだわ」

「となると、地底へ真っ直ぐ降りる第十三監視塔の縦坑は、父さんが残したルートそのものだったんだ」


 ライルは短剣を取り、握り直す。灰色の光が脈打ち、火花のように散った。

「四枚の命令符を全部揃えないと、どっちの未来も選べない……つまりゼクスを止める“だけ”じゃ足りないってことだ」

「世界統合か、再封印か――本当に究極の二択だな」

 コリンが頭を掻くと、灰がぱらぱらと落ちる。いつしかコートも盾も埃まみれだ。


 セレスティアは焚き火に枝を足し、静かに告げた。

「私はザムリール渓谷で、統合を選んでアビスを呼び出してしまった探索隊を見た。封印を維持したい気持ちは分かる……でも、断層があるせいで森都の霊脈は細る一方。どちらも正解とは言い切れない」

「結局、選び取った責任を負う覚悟があるかどうか、だな」

 ライルは手紙を胸に当てた。

「父さんはその“覚悟”を俺に押しつけたわけじゃない。託したんだ。……なら、俺は俺自身の意志で灰を受け継ぐ」


 風が吹き、火の粉が夜空へ舞う。

 灰色の茜――それは過去の悲劇の色であり、夜明けを告げる剣の光でもある。


 夜明け前、荷造りを終えた三人は丘を後にした。

 コリンがパンを頬張りつつ、どこか照れ臭そうに言う。

「なんつーか……親父さんの手紙、重かったけど暖かかったな。俺もベルクトさんに手紙書いときゃよかった」

「自分に嘘をつかないかぎり、遺志は行動に残るわ。鍋蓋だって記念碑みたいなものよ」

「なんでそこピンポイントで鍋蓋!?」


 笑い合いながらも、足取りは確かだ。

 遠く監視塔の影が紫の空に浮かび上がる――次の旅路が彼らを待っている。

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