第7話 旅立ちの夜明け――灰の騎士、前へ
森の東端にある開けた丘で、ライルたちは新しい地図を広げていた。
境界石が浮かび上がらせた七本の光筋は、まるで透明な道しるべとなって空気の奥へ伸びている……本人たちにしか見えないのが残念だ。
「まずフォールト外壁の“第十三監視塔”まで出て、そこから地下への縦坑があるらしい」
セレスティアが指でトレースし、ライルが頷く。
「王国軍の目をかいくぐるには、早朝の物資隊に紛れ込むのが最短ルートだ」
コリンは盾をイス代わりにしつつ、干し麦パンを囓っている。
「物資隊って食料積んでるよな? つまり飯の心配は――」
「そこしか見てないのか君は」
暁色の空へ白煙を上げながら、王国の補給馬車が三台ガタゴト進んでくる。
運転手はまだ半分寝ている兵士たち。ライルは荷台に積まれた麻袋を指差し、小声で作戦を確認した。
「コリン、君は“食料検品係”として談判。セレスティアは“外交使節の護衛”名義で馬車に同乗。僕は荷台の屋根裏に隠れる」
「確認! ……ちょっと待て、俺が一番しゃべるやつ!? 交渉は苦手なんだけど!」
「鍋蓋売るよりは簡単よ」
「オレ鍋蓋なんて売ってねぇ!」
――五分後。
「こちら、鍛冶屋兼・臨時食料検品係のコリン・バローズでありまして!」
コリンは声だけは大きく、敬礼だけはやたら丁寧。
「臨時? 聞いてないが」
「今朝の火の回りが悪くてパンが一割焦げたとかで緊急チェックを――」
「焦げパンは最優先案件だッ!」
兵士が真顔でうなずいた。王国軍の糧食は日頃から硬いことで有名である。
そこへセレスティアが馬に乗って現れ、エルフ系特有の凛とした空気をまとって一礼。
「森都アリュシエルの使節です。監視塔まで同行許可を」
「も、森都の! し、しかし通行証が――」
彼女が外套を払うと、肩の精霊銀飾りが朝日にきらり。
「外交不干渉協定第九条……ですわよね?」
「はっ、承知しましたぁ!!」
兵士たちは見事に“外交二つ折り”で道を開いた。荷台の屋根裏ではライルが「すげぇ……」と小声で感嘆。
馬車が林道へ入ってほっと一息。屋根裏の隙間から、ライルは荷台の内部を覗いた。
麻袋、木箱、そして――銃火器用の魔導バレル。
(前線へ搬送する重火器……。影獣への対処で軍も焦っているのか)
だが魔導バレルの木箱に、見覚えのある紋章が焼き印されていた。
「……“アッシュモード侯”の私家紋?」
王国宰相、そして裏で“鴉王”ゼクスでもある男。
セレスティアが囁くように問いかける。
「ライル、何か見つけた?」
「ゼクスの匂いがする。監視塔は既に抑えられているかもしれない」
数時間後、フォールト外壁沿いに建つ第十三監視塔が見えてきた。石造りの塔は鍋底を焦がしたような黒い煤で汚れ、門がこじ開けられている。
荷卸しの混乱に紛れ、三人はすばやく塔の裏手に回り込んだ。
「赤い煙……内部で何か燃やした痕跡ね」
セレスティアが警戒の目を光らせる。ライルは剣を構え、コリンが盾を張る。
「いざこざは見慣れてるけど、今日だけは平和な到着を願ったのによお」
塔の地階は物資倉庫だが、床に開いた穴から地下へと続く梯子が覗いていた。
「これが縦坑……地底への直通だ」
「ご丁寧に“開けておきました”って感じだな。ゼクスの先客確定」
梯子を降り始めると、下から微かな青光が照り返す。深さは三十メルほど。
足を着けた先は、巨大な環状通路──断層内部に縦横無尽に走る“狭間の道”の一端だった。
壁面に埋め込まれた水晶灯が淡い光をたたえ、奥では魔力脈動の鼓動がまたしても一定リズムで鳴っている。
「方向は……北東。ゼクスが“第八座標”へ向かったとしたら、この先」
ライルが剣を指標に進み出す。その背でコリンが口笛を吹いた。
「地下探検! 俺、スコップ持ってくれば良かったかな」
「掘るつもりか? 盾捨てる気か?」
「拡張性って大事だろ」
しばらく歩くと、空気が急に変わった。甘い匂い、かと思えば鉄錆の香り。壁の水晶が真紅に点滅し、不規則な影が蠢く。
「アビス瘴気が濃い……防御派生魔法を張るわ!」
セレスティアが詠唱せずに手をかざし、風精霊の膜が三人を包み込む。
影が床から隆起し、三体、五体、七体――前回より大きな影獣が立ち上がる。
「おっとサイズ感やばくなってきたぞ!」
「盾ごと吹き飛ばされる前に連携!」
ライルが剣を振ると、残響が耳を打つ。脈動リズムに合わせて刃が光を放ち、影獣の外殻を切り裂く。
そこへコリンが盾で突っ込む。「オーバーハンド・フライパンアタック!!」
「それもう鍋蓋技名から抜けられてないぞ!」
突き飛ばされた影獣の中心へ、セレスティアの光矢が突き刺さる。
どん! 影が破裂し、瘴気がきしむ音を立てて散った。
しかし奥の通路からはさらに黒い影と、見慣れぬ金属鎧に包まれた兵士が現れた。鎧はディオス=ギアの欠片で強化され、青いコアが胸で脈動している。
「ゼクスの私兵だ!」
ライルは剣を握り直す。
『ターゲット捕捉。グレイアッシュ、ノルン、バローズ──』
無機質な声が鎧の中から響く。
セレスティアが眉を吊り上げた。
「情報漏洩が早すぎる……アビスと機械を混ぜた“擬似人格兵”!」
「俺ら指名手配!? 出世しすぎだろ!」
擬似人格兵は両腕を槍に変形させ、襲いかかる。
ライルの剣が共鳴し、セレスティアの弓が風を裂き、コリンの盾が火花を散らす。狭間の道に、甲高い金属音が鳴り響いた。
五分も戦わずに兵のコアが破壊され、バッテリーのようなものが転がった。
「ディオス=ギアの断片動力セル……高濃度エーテル入り。扱いを誤ると爆発するわ」
「いい感じに怖いお土産ゲットだな」
「お土産扱いするな!」
無機質兵士を倒すと、通路の先で蒼い光が一層強まった。
「ゼクスが地底コアを起動しようとしてる。急ごう!」
セレスティアの声に、ライルとコリンが同時に頷く。
ライルは剣の重みを確かめながら、再び駆け出した。
灰の騎士の前進を阻む影は、まだ幾重にも待ち受けている。
それでも進む。守れなかったものの代わりに――守るべき未来のために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます