第22話

荒れ果てた指令室に、重みある足音が響く。


黒と赤の外套をまとった長身の女──ウィンストンが、

誰よりも静かに、この場所に現れた。 


「……ここが敵の心臓部か。だが、拍子抜けするほど雑だな」


彼女の視線が、壁際のケーブルや、壊れた端末、金属の塊へと向かう。

だが、そこにある異物に対しても、特別な興味を抱いた様子はない。


「魔道具でもなければ、祝符でもない。動きもせず、光もない。

 ……これは、何の役に立つ?」


「……団長」


拓海がゆっくりと近づき、床から拾い上げたのは無線機だった。


「これは“通信機”です。離れた場所の仲間と、声を交わすための道具で」


「声を交わす? 遠くに?」


「はい。実演してみます」


そう言って、拓海は腰に下げていたもう一つの無線機を通路の入り口に控えていたリィナへ手渡した。


「リィナ。俺が呼びかけたら、これで答えてくれ」


「え、えっ? う、うん……わ、わかった……」


戸惑いながらも、リィナは受け取った機械を両手で抱えて別の場所に向かった。


拓海はウィンストンの前で、もう一台の無線機のボタンを押す。


『こちら拓海。リィナ、聞こえますか?』


数秒の静寂ののち──


『ひ、ひゃっ!? た、拓海の声!? うそっ、な、なんで!?』


その声が、拓海の手元の機械から返ってきた瞬間。

ウィンストンの目が、静かに細められる。


「……なるほど。“声”が機械を通して戻ってくるのか」


「はい。送信ボタンを押して喋れば、こうして声が届きます。

 相手も同じ機器を持っていれば、双方向の通信が可能になります」


「仕組みはわからんが……使える道具だということは、わかった」


ウィンストンは無線機をまじまじと見つめたあと、ふっと一言だけ付け加える。


「こういうものに頼るのは癪だが──“使えるようになっておいた方がいいだろう”。

 その方が、無駄な命を減らせるだろう」


「……はい、そうですね」


拓海は深く頷き、無線機を再び腰へ戻した。


無線機の実演を終えると、ウィンストンが振り返り、短く名を呼んだ。


「……ハーミラ」


「は、ははいっ!」


勢いよく飛び出してきたのは、

眼鏡をかけ、頭にきっちり巻いたターバンが妙に目立つ、小柄な女性。


猫背気味でそそくさと歩いてくる姿は、あきらかに人前が苦手そうだ。


「この女は“ハーミラ”。技術担当だ。

 別の調査任務に随行していたが、今朝ようやく合流した」


「卜部拓海です。よろしくお願いいたします」


拓海が会釈をすると、ハーミラは一瞬、目を丸くし、

次の瞬間にはもう無線機へと身を乗り出していた。


「えっ、それ! それですよね!? “音の魂箱”! こ、これって本当に声飛ばしたやつ!? えっえっ、なんで魔力も火素もないのに音が!? ねえ、今のどうなってるんですか!? 空気振動? それとも記憶転写? いやでもだとしたら──」


「えっ、ちょ、ちょっと落ち着いてくださいっ……!」


拓海は一歩引きつつも、必死に応えようとする。


「えっと、これ“通信機”って言いまして、電気で信号を送って──」


「あ゛~~っ!? 電気! やっぱり電気!! で、で電霊の力ですか!?

 魂込めてないのに、線も少ないし、なんかもう……うわあああああ、やばい……!」


ハーミラは眼鏡を押し上げながら、その場でくるくる回りはじめる。 


「な、なんでそんなに軽いんですか!? これ中どうなってるんですか!?

 うわ、回路ってなに!? どこ!? えっ、今言った“回路”っていうのは線のこと!? え、違う!? もしかして動く!? 喋る!? 分裂しないですよね!?」


「落ち着け、ハーミラ。お前、早口になっている」


ウィンストンのひと声で、ハーミラはハッと我に返る。


「あ……す、すみません……っ! でも……でもっ……これ、ほんとに……すごい……!」


眼鏡を両手で押さえたまま、

顔を真っ赤にして拓海を見つめる彼女の瞳は、

明らかに極度の興奮状態だった。 


拓海は苦笑しつつも、

なんとか笑顔を保ちながら答える。


「……順番に説明しますんで、ゆっくりでお願いします。

 あまり詳しくはありませんけど」


「ゆ、ゆっくり……はい、ゆっくりですね……っ。ゆっくり……ゆ、ゆくっ、りぃ……ううう……」


額に手を当てて深呼吸を繰り返すハーミラ。


ウィンストンは横で静かにため息をついた。


「……まぁ、役には立つ。変な奴だが、頭は悪くない」


通路の奥、静かに顔を覗かせる影が一つ。


リィナだった。


通信機のデモンストレーションの為一度現場を離れていた彼女は、

ふたたび指令室の様子を確かめに戻ってきていた。


だが、その目が見つめた先には──

床に広がる血の海ではなく、妙な光景があった。


「えっ!? えぇっ!? じゃあそれって“声の箱”じゃなくて、“雷の小部屋”!?

 ちょ、拓海さん、ま、待って!? “電気”って雷のことじゃないんですか!? ねぇ!? それって、ちが──あああ、頭ぐるぐるしてきたあああ!!」


「はい、ちょっと落ち着いてください、ハーミラさん。えっと、だからこれはですね……その、雷みたいなもんではあるんですけども……」


「み、みたいなもん!? えっ、じゃあ、ちが……え、でも、じゃあなんなの!? なにで動いてるの!? 魂? 機械神? ううう、知りたいけどわからないってつらいぃぃ……!!」


拓海は片手で無線機を持ったまま、

もう片方の手でハーミラの暴走をどうにか受け止めようとしていた。


若干困ったような表情ではあるが──

その口元には、僅かな笑みが浮かんでいる。


リィナは、ほんの少しだけ息を漏らす。


その目に映る拓海の姿は、

あのとき剣を振るっていた彼とはまるで違っていた。


――ああ、いつもの拓海だ。 


誰かに追いつこうとして、

少しだけ振り回されながらも、

柔らかく、丁寧に対応しようとする拓海。


リィナはそっと胸に手を当て、

わずかに笑った。


さっきまで、自分でもよく分からなかった“怖さ”や“距離”が、

少しだけ溶けていく。


「……なんだ、ちゃんと戻ってきてるじゃん」


声に出すことなく、

ただそう思いながら、リィナはその場に立ち続けていた。


「ウィンストン、報告があるんだが…」


通路の奥から、ヨミが斧を担いで戻ってきた。


鉄と血の匂いを纏ったまま堂々と歩くその姿は、

まさに“戦の女”という風格があった。


ウィンストンが短く頷く。


「ご苦労だ。続きを聞こう。そうだ。ハーミラが合流しているぞ」


「……はあ?」


ヨミがわずかに眉をひそめたかと思った瞬間、

彼女の視線が拓海の隣でバタバタと騒いでいる眼鏡女に向けられる。


「げっ……また出たか、根暗ターバン」


「だ、誰が根暗ターバンですか!? ちょっと! 根暗じゃなくて、観察的なんです!

 あと知的! 知的ですよ! わたしの情報処理速度をなめないでくださいッ!!」


「はあ? 自分で知的って言うやつに限って、だいたい知識偏ってるんだよ。

 どうせまた、使えもしないガラクタに夢中になってるんだろ?」


「ガ、ガラクタじゃありませんよ!? これ“音束機”なんです! 声が空を飛ぶんですよ!? あっ、もしかして嫉妬ですか!? 私が新しい知識を得てるのが悔しいとか!?」


「はあああ? 誰が嫉妬なんか……くっだらねえ……」


ヨミは顔をしかめて明らかにうんざりしていた。


ハーミラはヒートアップしたまま、

拓海に向かって「あの人ほんと苦手なんですぅ……」と囁き、

ヨミはヨミで「よりによってこいつかよ……」とぼやいていた。


拓海は間に挟まれて、目を泳がせながら苦笑するしかなかった。


(……完全に火花散ってるな)


一方、ウィンストンはふたりのやりとりを見ても表情ひとつ変えず、

淡々と呟いた。


「……そういうものだ。あのふたりは、昔から合わん」


「ウィンストン」


ハーミラとの口喧嘩を断ち切るように、

ヨミは背筋を伸ばし、ウィンストンの正面へと立つ。


顔つきが一変し、先ほどまでの毒舌が嘘のように引き締まっていた。


「敵兵の死体と捕虜、全員まとめて広場に移した。

 もう通路に残ってるやつはいねぇ。反撃もねぇだろう」


ウィンストンは無言で頷き、指先で顎をなぞる。


「物資は?」


「順次、兵站班が運び出してる。

 鉄材、燃料、弾薬、食糧、工具類──目についたもんは全部出してる最中だ。

 だが倉庫の奥はちょっと複雑でな、鍵のかかった棚が何箇所かある。破壊か解錠、どっちで行く?」


「……状況次第だな。解錠できるなら試みろ。破壊は最後だ」


「了解」


ヨミは短く頷き、即座に次の段取りを思案している様子を見せる。


ウィンストンは改めて広い室内を見渡しながら、

静かに口を開いた。


「戦力の損耗は?」


「全体で軽傷者三名。中等傷が一名。戦死者はゼロだ」


「……理想的だな」


その一言に、ヨミの肩がほんのわずか緩んだ。 


「お前の指揮も悪くなかった。

 それに──拓海の動きも効いていたな」


「へっ、…まぁ、アイツはよくやってたよ。

 驚いたけどよ。多少は背中任せてもいいくらいにはなってたな」


その評価に、指令室の空気がほんの少しだけ和らぐ。


だがウィンストンはすぐに声を引き締めた。


「この拠点を“どう使うか”は、まだ判断しない。

 様子を見たうえで決める。配置と警戒を整えておけ」


「了解。広場に見張りつけて、交代制で動かす」


──実務が進む中、

ハーミラはまだ無線機と端末を手に「ううっ……わたしも使える人材なんですけど……」とぼやいていたが、

その声は今は誰の耳にも届いていなかった。



ー ー ー



朝霧の残る広場には、

捕虜にされたクラッシュ・タグの兵士たちが手を縛られ、膝をつかされていた。


十数人。

顔には血がつき、衣服は泥と煤で汚れ、

だがその目だけは、まだ剥き出しの敵意を湛えている。 


その中の一人が低く唸るように言った。


「チッ……女の集団にやられたとか、どんな冗談だよ」


「まだやれるぞ……武器さえあれば、てめぇらなんざ──」


拓海はその声を聞きながら、

ゆっくりと広場の縁を歩いていた。


だがその視線の先、捕虜たちの前に立っていたのは──ベルモットだった。


「あーあー、うるさいなぁ。朝から喉潰れんぞー?」


いつもと変わらない、飄々とした口調。


ベルモットは斧を肩に担ぎながら、

ひとりの男の前でしゃがみ込む。


「ねえ、あなたたちってさ、こんな状況でも“自分が上”って思ってるの?

 あー……わかるわかる。そういう人、好きよ? 見てて飽きない」


冗談めかして微笑むその顔に、男たちは一瞬たじろぐ。


だがそれでも、歯をむき出して唸る者がいた。


「テメェなんか……隙を見せたら──ッ!」


その言葉に、ベルモットはふっと息を吐いた。


そして、笑みを消す。


斧を音もなく地面に下ろすと、

男の顎を指先でぐいと持ち上げ、

その目を真正面から覗き込んだ。


「あんまり騒いでるとさーー……殺すぞ?」


音が止まった。


その言葉は、笑いも、演技もなかった。

ただ事実として吐き出された“予告”だった。


「喋らず、動かず、黙って生きてろ。

 こっちは慈悲で“縛ってる”んだ。わかってるか?」


男の喉がごくりと鳴る。


周囲の捕虜たちも、口を閉じて視線を逸らした。


遠くからそれを見ていた拓海は、

自然と背筋が伸びたのを自覚する。


(……これが、いつもの“おどけたベルモット”の裏か)


命を斬る側の人間が見せる、

“本当の重さ”を、そこに感じた。


捕虜たちの前で“沈黙”が支配された数秒後、

ベルモットはゆっくりと斧を肩に担ぎ直し、立ち上がった。


すると、その視線が──少し離れた場所にいた拓海を捉えた。


「あっ、見てた?」


彼女はふっと表情を崩し、頭をかきながら歩み寄ってくる。


「いやー、恥ずかしいとこ見せたねぇ。いつもならもっと可愛げのある冗談で済ませてんだけどさ」


拓海は軽く苦笑しながら返す。


「……いや。俺なら、あそこまで静かに黙らせるのは無理だ」


「ふふん、私だって戦士の端くれだもん。ちょっとは怖くできないとね」


彼女は捕虜たちが集められた広場をちらりと振り返り、

斧の柄でトン、と地面に突いた。


「……でさ、あんた的にはどうすんの、これ」


「これ、って……」


「捕虜。どう処理するか、って話」


ベルモットは斜に構えたまま、やや低く続けた。


「前にいた世界じゃ、ああいうのは“捕虜は保護すべし”とか、“騎士道”とか、そんな話が通用してたんでしょ?」


「……ああ。なるべく解放して、裁判にかけるか、再教育か……それが普通だった」


「でしょ? でもここじゃ違う」


彼女の目は笑っていなかった。


「ここで解放したら、明日には背後から刺される。

 恩を感じるどころか、“復讐の種”になる。

 殺した方が早いし、確実。効率がいい」


言いながら、ベルモットは空を見上げる。


朝霧の向こうに、うっすらと陽が差し始めていた。


「私だってね、好きで言ってるわけじゃないよ。

 でも、“生き延びる”って意味じゃ、これは最善。

 ……まあ、誰かが手ぇ汚さなきゃね」


そう言って、彼女は拓海に笑いかける。


いつもの軽い調子。

けれど、その奥に沈んだ何かは──紛れもなく“現実”だった。


朝霧の中を切り裂くように、硬質な足音が響いた。


現れたのはウィンストンだった。


彼女のその目が、捕虜たちを一瞥する。


「……処刑を執行しろ」


命令は短く、明瞭だった。


その場の空気が、ぴたりと凍る。


捕虜たちの間に緊張が走り、

誰かが喉を鳴らし、誰かが口を開きかける──が、何も言えない。


ウィンストンは表情を変えずに続ける。


「こいつらの眼は、服従じゃない。“敵意”だ。

 生かしておけば、間違いなく牙を向ける」


その判断は、この世界では正しい。


情ではなく、経験と秩序に基づく裁きだった。


すぐに二人の団員が動く。


無言のまま、捕虜の一人を引きずり出し、広場の端の岩場へと連れて行く。

男は暴れようとしたが、背後から足で踏みつけられ、動きを封じられた。


その様子を見ながら、ベルモットが息を吐いた。


そして拓海の方へ、ひとつだけ言葉をかける。


「……行ってくるよ」


軽い調子だが、声は低かった。


斧を肩に担ぎ直し、ゆっくりと歩き出す。

背中からはもう、冗談も軽口も消えていた。


団員たちに背を押さえつけられた捕虜の男は、

地面に這いつくばり、泥と血に塗れながらも顔を上げていた。


その目には恐怖と怒り、そして──諦めきれない何かが宿っていた。


斧の柄を握り直すベルモットの姿が、

ゆっくりと彼の視界に入る。


振り上げられる。

重く、確実に“殺すため”の動作。


そのときだった。


「──お、おい、待てッ!!」


男が叫ぶ。


「殺すなッ……殺したら、“サンズ・オブ・ポセイドン”が黙っちゃいねぇぞ!!」


声が広場に響く。


捕虜たちの間にも、一瞬ざわめきが走った。


「俺たちは……“あの人たち”の手下だ……!

 殺したら、お前らも……殺されるぞッ……!」


だが。


ベルモットは、斧を振り上げたまま、

ゆっくりと男を見下ろした。


そして、静かに口を開く。


「……そっか」


「そ、そうだよ……わかればいいんだ……!」


ベルモットは片目を閉じて、軽く笑った。


「じゃあ、もうたくさん殺したよ。悪いね。」


そして──


ズンッ!!


重く、鈍い音が広場に響く。


血が石に散り、男の声は途切れた。


ベルモットは斧を引き抜くと、肩に担ぎ直し、

背後にいた団員にだけ、ぼそっと言った。


「“ポセイドン”っての、また敵が増えるってことだね。めんどくさ」


斧の先から滴る血を拭おうともせず、

彼女はそのまま、静かに歩き出す。


処刑は──始まったばかりだった。


処刑が終わり、石に濃く染み付いた血がまだ温もりを残している中。


ベルモットは血飛沫のついた斧を肩に戻し、

短く──まるで作業の継続を告げるように口を開いた。


「──次」


その一言に、二人の団員がまた無言で動く。


今度の男は先ほどよりも痩せていて、

足を引きずるように連行されてきた。


だが彼の口は止まらなかった。


「た、頼む! 俺は何もしてねぇ……! 命令されてただけなんだよ!!

 家族がいるんだ……殺さないでくれ……っ!」


泥にまみれ、縋るように叫ぶその声は、

空に向けて細く、切実に響いていた。


だが──


ベルモットの目は、一切揺れていなかった。


彼女はただ、歩み寄り、斧を構える。


「そ、そうだ! 捕虜だろ!? 戦いは終わったじゃねぇか!!

 も、もう終わっただろ!?」


ベルモットは無言だった。


答えは、彼女の動きだった。


振りかぶる。

ためらいは一切ない。

視線すら合わせない。


「や、やめ──」


ドシュッ。


重い一閃。


男の声は、そこで絶たれた。


斧が深く肉を裂き、骨を断ち、地面に響いた音だけが残る。


広場には、再び沈黙が落ちた。


風が一つ吹き抜け、空の雲を揺らす。


ベルモットは、ただ淡々と斧を引き抜き、

再び肩に担ぎながら──また言った。


「……次」


ここでは、これが“当たり前”だった。


「……次」


ベルモットが斧を担いだまま呟いたとき、

広場の反対側──死者の積まれた影の中から、足音が響いた。


姿を見せたのは、セファだった。


どこか冷たい風を引き連れるようにして歩いてくる。


その手にはすでに、

いくつもの小さな灯のようなものが浮かんでいた。


淡く、赤黒く、揺らめくそれは──

この世に留まった、怨念の残滓だった。


「……始まってるんだね」


セファは立ち止まり、石に染みついた血の跡を見下ろす。


目を閉じ、口の中で短く何かを唱えると、

空気がふっと沈む。


やがて、処刑された男たちの周囲から、

もやのような“影”が這い出してくる。


それは形を成しきれない、怒りと未練の塊──怨霊。


セファはそれらに手をかざし、ひとつずつ、

吸い寄せるようにして掌へと集めていく。


「戦意を燃やして死んだ者は、留まりやすい。

 今なら、意識の輪郭もまだ明確──使える」


ベルモットが肩越しにぼそっと呟いた。


「……怖いこと言うねぇ。

 ただの後始末かと思えば、あんたにとっちゃ“補給”みたいなもんか」


「ええ。戦力強化と、後腐れの処理……恐ろしい一石二鳥、ってやつ」


セファは微かに微笑んだが、そこに感情は感じられなかった。


拓海は少し距離を取った場所からその光景を見ていた。


斧で断つ者。

そして、死を力に変える者。


どれもが、この世界で“普通”だった。


けれど──やはり、どこかが壊れている気がした。


血の匂いが、靴の裏からすら染み込んできそうだった。


処刑の音、怨霊の囁き、

そして静かすぎる沈黙──

その全てが、空気を淀ませていた。


拓海は小さく息を吐き、

広場からそっと離れた。

 

通路を抜け、建物の影に入ったところで、

見慣れたふたりの姿が目に入る。


アミラとネリアだった。


ふたりは並んで地面に腰を下ろし、

前に置かれた金属の山──集められた銃器の束をじっと見つめていた。


アミラは相変わらず無言だが、

目だけが鋭く、銃の形状や機構を追っている。


ネリアは顎に手を当てながら、

眉をひそめていた。


「……難しそう。これ」


そんな言葉が聞こえたところで、

拓海は軽く手を振りながら近づいた。


「……使い方、知りたいか?」


その一言に、ふたりの視線がこちらに向く。


ネリアは軽く目を細め、微笑を浮かべた。


「教えてくれる? 前に撃ってた」


アミラも静かに頷く。

彼女は声を出さないが、興味は確かに感じ取れた。


拓海は、そっと腰を下ろし、

慎重に一丁の短機関銃を手に取った。


金属の冷たさが、

さっきまでの広場の熱と、確かに違っていた。


拓海は集められた銃の中から、二丁のハンドガンを選ぶと、

さっそくマガジンを抜いて弾を取り出した。


「大丈夫、弾は抜いてる。引き金引いても撃てない」


そう言って、ネリアとアミラに一丁ずつ手渡す。


ネリアは器用に指を滑らせながら重さや形を確かめ、

アミラは無言のまま、じっと照準の上を見つめた。


拓海は自分の短機関銃を構えて、ゆっくりと持ち上げる。


「見てろ。こことここ、見えるか?」


銃の上部、リアサイトとフロントサイト──

照門と照星を指差す。


「このふたつを一直線に合わせて、向こうの的を狙う。

 で、そのまま、引き金を引くだけ」


ネリアが手元を見ながら頷く。


「構造はシンプル。魔弓の“視魂環”と似てる」


アミラも目元をわずかに細め、

照門越しに何かを“見る”仕草をする。


拓海は少しだけ肩の力を抜いて笑った。


「慣れれば簡単だけど……まあ、音とか反動がすごいから、最初はビビるかもな」


「構えてみるか?」


拓海の一言に、アミラはわずかに首を傾けたあと、

銃を持ち直して、すっと構えを取った。


左手で支え、右手で握り、肩のラインに自然に沿わせて銃口を前へ。


静かだった。

音もなく、無駄もない。

ただ、標的を見据えるように照門を覗く。


「……おお」


拓海が思わず漏らす。


「結構様になってるな」


アミラは照準から目を離さず、

わずかに頷いた。


その様子を隣で見ていたネリアが、

短くひと言だけ呟く。


「いい構え」


拓海がちらりとネリアを見る。


「……そっちは、使わないのか?」


ネリアは手を伸ばしかけてから、少しだけ首を振った。


「今はいい。見てる方が早い」


それだけ言って、ふたたび沈黙に戻る。


アミラは構えを解き、

銃口をそっと地面に向けたまま、

じっとそれを見つめていた。


銃の山の中から、拓海はふとひとつ、

形の違う小型の道具を手に取った。


ずんぐりとした筒型。

引き金こそついているが、通常の銃とは構造がまるで違う。


「……これ、信号弾か」


古びた刻印と、先端に仕込まれた赤い弾頭。

撃てば火柱のように空へ打ち上がる、合図用の道具。


拓海はそれをひとつ確認してから、

そっと隣にいたネリアの方へ差し出した。


「これ、お前に合ってるかも。

 上に撃つだけで、こっちに居場所を知らせられる」


ネリアは目を細めて、無言で手を伸ばす。

道具を受け取ると、軽く重みを確かめるように手のひらで転がし、

そのまま静かに頷いた。


「……わかった」


それだけ言って、彼女は微笑んだ。


拓海は口元をゆるめた。


「撃つと派手だから、使うときは気をつけろよ。

 場所バレるのは早いけど、敵にも見えるからな」


「……了解」


それ以上は何も言わず、ネリアは再び黙る。


けれどその背は、さっきよりもわずかに安心感を帯びていた。


ネリアが信号弾発射器を腰に収めた直後。


「──いたぁっ!? やっぱりこんなところで……!」


軽く響く声とともに、

通路の奥から慌ただしく駆けてくる影がひとつ。


眼鏡とターバンを巻いた小柄な技官──ハーミラだった。


肩で息をしながら、銃器の山に駆け寄ると、

目をきらきらと輝かせながら口を開いた。


「や、やっぱりこれ……火霊の杖の一種で間違いないですよね!?

 ほら、この棒の中に小さな魔石でも詰まってるんじゃ……違う? 火精霊じゃなくて雷精霊の力……? そ、それとも圧縮爆火の封術とか!? うわ、なにこれ……っ!」 


ネリアのすぐ足元の銃に手を伸ばしかけて、

すんでのところで引っかかり、バランスを崩す。


「ひっ……す、すみません!でも、あ、ああ……この引き金、魔式の起動符そっくり……っ!」


「……落ち着け」


ネリアが短く一言だけ発すると、ハーミラはビクリと硬直。

が、すぐにまた拓海の方へ詰め寄ってくる。


「た、拓海さんっ、さっき構えてましたよね!?

 それって、実際に魔力……じゃない、火薬? の霊力で飛ぶんですよね!?

 あの、どれくらいの射程なんですか? 光矢より早い? 音は? 火柱は立ちます!? 火傷はします!? いや、するよね!? でも撃ったときの感じは……っ!」


「ちょ、ちょっと待って、早い早い……!」


拓海は銃を抱えたまま少し後退しながら、

苦笑まじりに言葉を遮る。


その横で、アミラはまったく動じずに銃を点検し、

ネリアは静かに視線を逸らして、一歩下がっていた。


ハーミラはようやく息を整えながら、

眼鏡の端を押さえてぽつり。


「こ、これ全部、“動く魔具”なんですよね……? すごい……ほんとすごい……

 あたし、この世にこんな技術があるなら……一生眠らなくてもいいかも……!」


拓海は頭をかかえて、うっすらと笑った。


(なんか……言ってること怖くなってきたな)


勢いよくまくしたてていたハーミラの熱が、

ようやく一息ついたころ。


拓海は短機関銃を手に取り、

その仕組みをなるべく簡単に、かつ慣れた調子で話し始めた。


「これね、“魔具”じゃなくて、火薬で動く道具なんだ。

 この中に詰まった小さな弾──金属の粒があって、

 引き金を引くと、火花で爆発して、それが弾を前に飛ばす」


ハーミラは目を見開いたまま、じっと拓海の手元を見ていた。


「爆、爆発で……飛ばす……!? それって、じゃあ“爆炎式の射出筒”!? うわぁ、概念が違う……すごい……すごすぎる……!」


拓海はにやりと笑って、銃の山を軽く指さした。


「まぁ、ここに山ほどあるし、

 興味あるなら解体してみたら? 構造は結構単純だったりする」


「……っ、していいんですか!?」


ハーミラは思わず食いついた。

眼鏡がずり落ちそうになりながら、慌てて押し上げる。


「だ、だって、壊したらどうしようとか、怒られたら──いやでもやりたい! すごくやりたい! 中どうなってるのか知りたい! いややっぱり怒られるかも──いやでもやっぱりやりたい!」


「落ち着いて。怒る人はいないって。

 どうせ壊れてるのもあるし、使えそうな部品だけ集めればいいだろ」


「わ、わかりました……っ! 分解は慎重に、ですね……!!」


完全にテンションが上がりきったハーミラは、

近くの銃を抱えてその場にぺたんと座り込んだ。


すでに目の前の世界に没入し始めており、

もはや誰の声も届いていない様子だった。


拓海はそれを見て、肩をすくめながら、

少しだけ安堵したような笑みを漏らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る