きっとそれは罪悪感などではなく
私、リコッタ・バリナードは、馬車から投げ出されたときに、何かをあきらめてしまったのだと思う。とと様は頭を打って立ち上がれず、兵隊のみなさんも飛ばされてしまって、助けに入ってくれる人はいなかった。
盗賊さんたちは私をねらっているようだった。公爵の娘で、魔力持ち。ねらうには十分過ぎる理由だろう。
つかまったらどうなるだろう。地下につながれて魔力をひたすらしぼり取るつもりだろうか、もしくは、物好きなおじさまに売られるのだろうか。帝国に売り飛ばされて公開処刑とか、何らかの交渉材料にされるのも、あるかもしれない。
言いなりになるのは、いやだ。痛いのも、つらいのもいやだ。
それでも、私が決めることで、とと様が助かるなら、そして、この場が収まるのなら。そんなことを考えてしまう。それが楽なのではないかなど、考えてしまう。
「さあ、公女様。あなたのご決断でお父上と公爵領は助かるのです。何を迷うことがありましょう。大丈夫です、殺しはしません。これから何度も殺してくれと仰るでしょうが、それでも殺されることはないでしょう」
盗賊さんの声。どうやっても、私はひどい目にあうみたい。とと様は私を守ろうと力をこめる。
「聞くな、リコ」
けがをされてもなお、とと様は私を守ってくださる。必死になっているのが伝わってくる。本当に大切にされているのがわかる。
「それでも、わたくしは……!」
不出来な娘で、親不孝な娘でごめんなさい、とと様。かか様、ご挨拶もせず消える無礼をどうかお許しください。
それでも私は、とと様が傷つくのを見ていられません。
「――――
盗賊さんにお返事をしようと顔を上げたとき、聞き慣れない声が耳に飛びこんでくる。聞き慣れない言葉、これは、とと様の部下の方が魔導術を見せてくださったときの言葉と似ている。
「あ?」
盗賊さんがふり向く。そこで、私も声の出所を知った。
「
そこに居たのは、子どもだった。血だらけのまま槍をふり上げている。サイズの合っていない服を着ている。多分、お手伝いに来てくれている商人の方が連れてきた人だろう。その服が風も起きていないのにはためく。青白くその人の周りの景色がゆれる。大きな魔力で、ゆらゆらと空気がゆれているのだ。
「魔導師!? なぜこんな所に」
「その子から、離れろ」
ふり上げた槍を投げたみたいだった。『みたい』というのは、その動きが速くて目で追えなかったからだ。
「きゃあっ!」
とんでもなく強く、熱い風が飛びぬけていった。思わず目を閉じてしまった。風が収まってゆっくりと目を開くと、盗賊さんたちが消え去っていた。
どさり、と音がする。音がした先で、助けてくれたその人がたおれている。助けるべきだ。そう思っても身体が動いてくれない。ふるえている。立つことが、できない。
「リコ、私に治癒魔法をかけられるかい?」
「は、はい!」
とと様に声をかけられハッとする。言われるがままに治療術をかける。学び始めたばかりで呪文をとなえなくても使える簡単なものしか使えないけれど、それでもなんとかとと様にかける。いたいの飛んでいけ、元気になれと必死に祈る。私はまだこんな方法でしか誰かを助けられない。
「私はもう大丈夫だ。ありがとう、リコ」
とと様は私の手を引いて立たせる。たおれたその方のそばに寄る。ひどいケガだった。頑張って治癒魔法をかけるが、その方の指先が少しずつ冷えていくのがわかる。
「あなたは……」
「閣下!!」
後方から親衛隊長のアイクさんが騎馬で飛んでくる。
「ご無事ですか!」
「この彼のおかげで、なんとかな」
「この子は……」
「わからん。まず、なにか縛るものをくれ。このままではこの子が失血死する」
そう言われ、私のかみの毛をゆっていたリボンをほどく。とと様がぎょっとした顔をしているけれど、私のリボンが一番早く取り出せた。
とと様が身体を引き起こし、血だらけのうでの根元、かたに近い位置でしばる。女の子みたいに細いうで、やせた顔立ち。ここにいるだれよりもボロボロに見える。
「……ぁ」
彼の口元が動いているのが見える。
「どうしました!? 大丈夫ですか?」
「……あの子は、ぶ、じでした、か?」
あの子というのが、だれかわからない。おそらく意識がぼんやりとしている。
「姫様、代わります!」
アイクさんが木の棒を使って、うでに巻いたリボンをきつくする。
「あの子は、あの、こどもは、無事、でした、か……?」
うわごとのように彼がくり返している。私の視界までゆれてしまう。泣いてはいけない。命がけで戦ってくれた戦士を前に、公爵公女の私が泣くことなど許されない。
「はい! あなた様のおかげで、わたくしは、リコッタは無事でございます!」
「よか……った」
それきりで言葉が止まってしまう。私には祈って治癒魔法をかけ続けることしかできない。
「アイク。馬を二匹用意しろ。この少年とリコを連れて離脱する。この場の指揮と掌握は次位のものに引継ぎ、お前も同行しろ」
「はっ、直ちに」
アイクさんが周囲に声をかけながらいったんはなれた。すぐに騎兵用の馬を連れきてくれた。
「リコは私と、アイクはその少年を抱えてやれ。私とリコを救った立役者だ。絶対に死なせるな」
とと様の号令で、車列をはなれる。きっと何人も死んでしまった。それでも、まだ助かるかもしれないひとが、ここにいる。ちゃんとお礼と謝罪を伝えないといけない。
だから、できることは全部した。馬を休めるために止まるたび、彼に治癒魔法をかけた。水を飲ませるためにハンカチに水を吸わせて口に運んだ。それでも、彼は目を覚まさない。馬を乗りかえ、夜通し走り続けて城までもどってきたときにはもう、彼のうではどす黒くなっていた。私のドレスも彼の血でまだらに染まってしまい、メイド長のヴィクトリアには本当におどろかれたけれど、あとは本業の医療魔導師がなんとかしてくれるはずだ。
そう思ったら、そのままそこで寝てしまった。気がついたらお城の私室で、昼前までお寝坊をしてしまった。服もお城用の室内着になっていて、見覚えのないガーゼがほほに張られている。聞くと、城門でたおれてしまい、その時にすりむいたらしいとのこと。全く覚えていない。お城で待っていたかか様……母上に痛いほどだきしめられて『無理をしないで』と言われてしまった。とと様は苦笑いで、立派だったと言ってくれたけれど。
そんな時に、あの彼が目を覚ましたと侍従長が伝えに来てくれた。場所だけ聞いて追いかける。だれかに会うような格好ではないけれど、そんなこと気にしてはいられない。走って彼の所に向かう。まずは、お礼を言って、あやまらなければ。お礼はなんといえば伝わるかしら。
「ヴィクトリア! あの方が目を覚まされたと……!」
「リコッタ様!?」
ヴィクトリアがおどろいた声を上げる。客間の一つのベッドに横にされている彼を見つける。ベッドのサイズに対して彼が小さすぎて、本当に私と同じぐらいの子どもなんだとわかった。それよりも、ヴィクトリアのおどろき具合が変だった。
そして、気がついてしまった。彼の両手が、あるべき場所にない。
あぁ、間に合わなかったのだ。私がもっと早くから魔導術の勉強を始めていれば、もしくは私がもっと早く盗賊さんに従っていれば。そんなことを思っても、もう返ってこないのだろう。
そんな彼から、にげるように半歩だけ下がってしまう。私たちのためにがんばってくれた人に、どうしてそんな無礼ができよう。それ以上下がらないように、必死になる。
「リコッタ様、アオ様です。お目覚めになりましたよ」
私を気づかって、やさしく声をかけてくれるヴィクトリア。彼はアオというらしい。どこかきょとんとした顔でこちらを見ている。
「リコッタ様、ご無事で……あがっ!?」
アオ様が笑いかけ、身体を起こそうとされる。うでがあれば上体をきれいに起こせたのだろう。バランスをくずしてヴィクトリアとお医者様に支えられている。
そして、おどろいたような、あきらめたような顔。
それを前に、私にできることは、ない。
「……ごめんなさい。ごめんなさい――――!」
あやまることの他に、何も。
†
アオ様は、どうしてこうなったのかの説明をお医者様から聞いていた。その間もずっと落ち着いている彼がどこかおそろしかった。
「そう、ですか。生きているだけ、儲けものですね」
アオ様は、なんとか現状をかみくだこうとしている。前向きに、言い聞かせるような声は、悲しそうだった。
「アオ様、なにかございましたらお申し付けくださいね」
ヴィクトリアの声に首を横にふるアオ様。
「いえ、止血をいただけて、こんなベッドで休ませてもらった。これ以上望んだところで、僕にはお返しできるものはありませんから」
「アオ様は……その……」
「親には捨てられた身です。路上生活者がここの治療費どころか、宿代も払えるわけがありません」
子どもを捨てる親がいるのか。そんなことにおどろいてしまう。そして、彼に帰る家がないというのだ。
「浮浪者をかくまってると噂がたつ前にここを出て行きますので、ご安心くださ――――」
「なりませんっ!」
よろしくないことだと知っているが、言葉を切って割りこんでしまう。右目を真ん丸にしておどろかれるアオ様。
だめだ。それだけはダメなのだ。
彼は先ほど、帰る家もないと言ったのに、身をていして救ってくれた恩人をこのまま帰らせるなんて、そんなのはダメだ。
「アオ様はわたくしの、そしてとと様……ではなくて、父上の恩人なのです。どうかそんな悲しいことをおっしゃらないでください」
「僕はただの浮浪者で、今回は歩荷としてたまたま同行したに過ぎません」
「ですが……」
「公女様。自分で言うのもなんですが、僕は本当に浮浪者なのです。なんの後ろ盾も、身分もない。平民以下の存在です。それを抱え込むことは、リスクです。僕を抱え込むことで得るものはほぼないと思います」
アオ様は、スラスラと言葉をつむぐ。まっすぐで、いつわりがないとわかってしまう言葉。そして反論の余地すらうばってしまうような、強い言葉だった。それでも、彼が自身のことを『リスク』と言い切ってしまうのは、どうしようもなく悲しかった。
「アオ様は……ここを出て行って、どうするのですか」
「さあ……どうしましょうね。できることを今から探します。繋いでもらった命です。まあ、なんとかなるでしょう」
「……それでも、あなたのうでも、左目も、わたくしが……アオ様からうばってしまったようなものなのに」
「ですから、それはあの襲ってきた人達のせいであって、公女様のせいではありません」
きっとアオ様はやさしい方なのでしょう。ののしってもらえたら、どれだけ楽だったか。そんなことが頭をよぎってしまう。それが、本当にいやになる。
私の様子を見て、やはり困ったように笑うアオ様。
「それに左目が見えているのは幸運でした」
その言葉を聞いて、なんのことかわからなかった。アオ様の左目は包帯でおおわれているし、助けた時点で、目はつぶれていたはずだ。見えるハズがない。だというのに、お医者様が包帯を外すと、きれいなスカイブルーのひとみが見えていた。
その目の色に、見覚えがある。
「封魔結晶……!」
ヴィクトリアが言うとおり、たぶん魔力をこめた封魔結晶が目の代わりをはたしているのだ。あれほどの魔導攻撃を放てるのだから、不思議ではない。そんなアオ様本人は鏡を見ておどろいている様子だった。
「失礼する」
「公爵閣下!?」
どうすれば良いかわからずにいると、とと様がやってきた。とと様は軍服に着がえていた。着がえてすぐに来てくれたようで、部屋着のまま飛び出してきてしまった自分が恥ずかしかった。
「リコ、飛び出すのはいいが、あまりお転婆ではいけない」
「申し訳ありません。父上」
「リコがまっすぐ感情を表してくれるのも珍しいから止めなかったが、次からは気をつけなさい」
「アオ様がお目覚めになったと聞いて、いてもたっても居られず……」
とと様の言う通りなので、ここは素直に『ごめんなさい』以外にない。
「ふむ、アオ君というのか。先ほどは大変世話になった。貴殿がいなければ私もリコも無事では済まなかっただろう。……改めて名乗ろう。私はバリナード公爵家当主、トマス・バリナードである」
「アオと申します。名字はございません。ただ、アオとお呼びください……閣下、お身体はもう大丈夫なのですか」
「はは、まだ子どもなのに礼儀正しいな。バリナード公爵領は学問と技術の地だ。我が国の技術と良い医者があれば、こんな傷、すぐになんとでもなる」
アオ様はとてもていねいな言葉づかいをする。先ほどは浮浪者などと言っていたが、とても信じられない。
「あの、父上」
とと様の方により、口元に手を当てる仕草をすると、しゃがんで耳を寄せてくれた。
「アオ様がこれ以上めいわくをかけられないからと出て行こうとなさるのです」
「ふむ……」
とと様にはきっと伝わっただろう。とと様はきっと、アオ様の左目が回復していることに気がついている。
「アオ君、君はいくつだね」
「正確にはわかりません。おそらく六歳だと思います」
「そうか、ならリコと同い年だな」
そう言って笑ってみせるとと様。アオ様のとなりへむけて歩き出す。
「そうだというのに、あの攻撃はすごかった。君はもともと魔導師の素質があったのかい? ……いや、聞くまでもないな。元々才能が開花していたのであれば、とっくにリクルーターが接触しているはずだ。君が我々のために使ってくれた魔法……魔導術ではなく、あえて魔法と呼ぼう。あれは、何だ?」
ベッドサイドでイスにかけたとと様が、アオ様の方をみて話す。とと様はアオ様を一人の人間として対等に話そうとされている。
「……わかりません。ただ、必死だったので」
アオ様も誠実に答えているのがわかる。なんだか、他の領主の方と話しているみたいだった。元々とと様は身分をあまり気にされないけれど、それでもとと様と対等に話せる人はなかなかいない。
アオ様は封魔結晶について知らなかった。魔導術にふれてこなかったからだろうか、それともこれも、帰る場所がないから、教えてくれる人がいなかったのだろうか。
「そうなると、僕は希少な検体ということでしょうか」
そんな考え事をしていたら、アオ様がまたこわいことを言い始めた。とと様を見ると、すぐに目線をそらされた。とと様、もしかして追いつめるようなことをアオ様におっしゃったのかしら。
「君はそれを望むかい?」
「そもそも僕に選択肢はないのでしょう」
きっとアオ様は、だれかをたよったことがないのだ。たよれる人が、安心させてくれる人が、いないのだ。
「選択肢がない。……面白い言い回しだ。なぜそう思う」
「閣下も公女様も貴族であられます。そして、閣下はこの土地を治める方です。一方で平民、それもこの身一つしか持たない浮浪者である僕です。比べるまでもなく、閣下の判断が尊重されるべきです」
「……君は、本当に老成しているな」
「子どもでいることなんて、許されませんから」
身をていしてだれかを守れる方なのに、こんなにもやさしさにあふれているのに。なぜ。
「……そうか。ならば」
なぜ、だれもアオ様を救えないのだろう。神様はなぜ、アオ様のとなりに彼がたよれる人をお置きにならなかったのだろう。
「お待ちください、父上」
とと様の発言をさえぎって割りこむ。今日は、はしたないことをしてばかりだ。
このままアオ様が一人、去って行くのはいやだ。そんなこと、許されはしないはずだ。
そして、私のこの満たされなさが、きっと恋なのだと思った。ふしだらで、はしたない思いこみでも良い。私はこの気持ちを信じてみたい。だから胸を張って口にする。
「決めました。わたくし、アオ様のところに嫁ぎます!」
おどろいた様子のとと様とアオ様。いまのうちに気持ちを伝えておく。きっとアオ様はわかってくれるはずだ。私があなたにひけを取らない女であると認めてくれるはずだ。
「アオ様はわたくしの恩人なのです。あの時わたくしは、とと様を失うかもしれない、わたくしも無事では済まないかもしれないと、こわくてたまらなかった。人生をあきらめたくてたまらなかったのです。そこを助けていただいたのです。一度はあきらめた命ですから残りの命を預けるぐらい、どうということはありませんわ」
「あの、リコッタ様? さすがに六歳で嫁ぐのは時期尚早が過ぎると……」
ヴィクトリアがひかえめに声をかけてくる。それもそうだ。
「では、婚約という形で」
「いや、いやいやいや。公女様、お待ちください」
待ったをかけてくるアオ様。顔にあせりが見えている。去らなければいけないとか言っている時の悲しそうな顔よりよっぽど似合う。
「僕は名字すらないただの浮浪者です。公女様をお嫁になんてとても恐れ多い!」
「どうかわたくしのことはリコとお呼びください、アオ様」
「ですから公女様。どうか僕の話を聞いてください」
「リコと呼んでくれるまでは聞きませんっ」
わがままだろうか、ふしだらだろうか。それでも、アオ様にはよそ行きの呼び方はされたくなかった。
「……リコ様、どうか落ち着いてお聞きください」
「はいっ!」
根負けした、といったふんいきだけれど、リコと呼んでくれた。そのうち『様』も外してほしいけれど、いまはこれでガマンする。
「僕が公女さ……リコ様と結婚するには、いくつか問題がございます」
だというのに、すぐによそ行きの呼び方をしようとする。それでもさっと『リコ』と呼んでくれるのだから、とてもやさしい方だ。
「まず、第一に年齢の問題です。ヴィクトリアさんからもご指摘がありましたが、結婚はもちろん婚約を結ぶにしてもお互いに年齢が若すぎます。リコ様にとってよりよい殿方が現れてこの話が破談になったとしても、その風評は公爵家へのダメージになりかねません。リスクが高いと考えます」
なんて人だろう。聞いている限りだと、アオ様はこれまで貴族といっしょになる機会はなかったはず。なのに、私のことを思いやって会話されている。とと様といっしょにお話を聞く機会もあるけれど、言葉だけではなく、本当に私のことを思いやってくれているとわかるのは初めてだった。
「それは問題になりませんわ。わたくしはアオ様のおそばにずっといるつもりです。それに、婚約の話はすでにいくつか父上の元に来ていると聞いておりますが、アオ様ほどのお方が見つかるとは思えません」
「いえ、相手が見つかる見つからないの話ではなく、縁談をリコ様側から破談にしたというお話は公爵家としてもマズいのではありませんか。リコ様には高貴な方からのお話がいくつもあるはずです。それよりも平民たる僕を優先したことを周囲に納得させる必要があります。この僕の身分が第二の問題です」
「あら。わたくしがほれこみ、わたくしが認めた殿方です。だれにも文句なんて言わせませんわ」
アオ様はとてもかしこいお方だ。だから言い切られないように、まっすぐにこちらも思いを伝える。
「リコ様に認めていただけていること、本当にうれしく思いますが、それを周囲がどう見るかが重要ではありませんか」
「だれに命ぜられたわけでもなく、自らの意志で戦ったアオ様にわたくしと父上は命を救われたのです。あの場のだれもそれをなし得ず、アオ様だけがそれを成した。勲章をあたえるにはそれで十分ではありませんか」
ね、とと様? なんてとと様に体ごと向き直って声をかけると、あごの下に手を当てていた。なにかを深くお考えになるときのとと様のクセだけれど、それもどこかぎこちない。
「叙勲理由には十分匹敵するが……どちらにしても年齢が問題だな。六歳で武勲を理由に勲章の授与はさすがに周囲の反感を抑えきれん」
「リコ様は公爵閣下のご令嬢であられます。その縁談というのは、大きな意味を持つのではありませんか? 今ここで決めてしまうのは、あまりに……」
とと様に話題をふったのは、ちょっと失敗だった。アオ様がとと様の方を向いて話し始めてしまった。
私はこんなにもアオ様とお話したいのに!
「アオ様は、わたくしの何を疑っておられるのですか……?」
それが悲しくて、どうしようもなくなって、声をかけたら、声がふるえてしまった。そんなつもりはなかった。アオ様があせって言葉をつむぐ。
「リコ様を疑っているわけではございません。僕にはあまりにもったいないお話だと考えているのです」
「もったいない……」
「いまお話して、リコ様がとても機知に富み、才気あふれる方だとわかりました。……ひるがえって僕には血筋も、学もございません。この腕では武勇を立てることも難しいでしょう。リコ様を守り切るような武器を、持ち得ないのです」
それを言われると、私は本当にどうしようもなくなってしまう。でも、アオ様は絶対に、絶対ににがしてはいけないひとだ。あきらめられない。視界がゆがむ。公爵家の長女がこんなことで泣いてはいけない。必死に堪える。
「アオ様……でも」
「リコ」
やさしい声でとと様の制止が聞こえる。
「リコ、君の気持ちはよくわかった。だが、アオ君の言うことも正しい」
「ですが」
「どちらも正しいんだ。だから、きっと時間が解決してくれる」
時間、私に時間があるだろうか。アオ様を私のお側につなぎ止めるだけの時間が。
そんなことを思っている間に、とと様が私の前までやってきて、頭をなでられる。大きな節ばった手が頭にふれる。しゃがんだとと様の目は、どこまでもまっすぐだった。とと様には勝てないんだと、当たり前だけど気がついてしまった。
「君の進退は、私にとってもとても大きな決断になる。ゆえに時間が必要だ」
「それは……」
「大丈夫。私も恩人を無策で放り出したくはない」
とと様は指の腹で私の涙をぬぐってしまう。アオ様への思いが見えなくなってしまわないだろうか、そんなことを思った。
「……とはいえ、だ。アオ君」
「は、はい」
「残念ながら君をそのまま市井に放つわけにもいかないのだ。命の恩人を手当だけして放り出したとなれば、バリナード公爵家の末代まで語られる恥となってしまう。それに、娘に嫌われたくはないしな。まったく、この子は誰に似てしまったやら」
「かくあれと育てたのはとと様ですわ」
とと様にそう言うと、アオ様も苦笑いを浮かべていた。
「本当に公女様……リコ様は、聡明であられると、思います」
「それは君もだろう。アオ君」
とと様が、大人に向けた声の色に変える。これまでと全然ちがう。
「これまで関わることも無かったであろう貴族の事情を推し量りつつ的確に理論を紡ぐ知性、リコを傷つけないように言葉を選ぶ優しさ、私を相手にしても引き下がらない度胸。……そしてなにより、あの状況で戦うことを選べる勇敢さと、封魔結晶に適合する魔導適正の高さ……君が十四を超えていたならば、我が軍の士官として迎え入れ、君が活躍できる席を与えただろう。六歳であることが……実に、実に残念だ」
この話し方は、とと様がアイクさんや侍従長に話す時の話し方だ。
――――とと様が、ただの子どもではなく、個人としてアオ様を認めた。
それがわかって、とてもうれしくなる。
「そこでだ。君を信頼し、頼みがある」
「……僕にできることなら」
「バリナード公爵領にレナ・ポーレットという女子爵がいる。子をなす前に夫が戦死してな、今跡継ぎとなる男子を養子に取ろうと探しているところだ。そこで、君をレナに養子とするように提案しようと考えている」
「……僕を、召し上げる、と?」
「期待しているよ、アオ・ポーレット。君は自動的にポーレット子爵家の継承順位第一位となるから、儀礼称号として『エルジック男爵』が付与される。これでもう平民ではないな?」
うれしさで飛びあがりたくなるのを必死におさえこむ。スカートで飛びはねるなど、さすがにはしたない。それでもアオ様の前じゃなければ飛び上がっていただろう。
「もちろん貴族である以上、成人したら軍務などの義務は果たしてもらうし、それ以前にも七歳になったら寄宿学校に通うことになるだろう。娘も一緒にな」
とと様の手が私の頭をなでる。ちょっと強くて、首がカクカクとゆれるけれど、気にしない。
「男爵ならば、縁談があっても眉をひそめられることはない。あとは、君と娘次第だ」
とと様が時間をかせいでくれた。あとは、私が射落としてみせればいいだけだ。とと様はアオ様に魔導義肢を手配することを告げていたから、きっと貴族としての公務には問題ないだろう。
とと様を見送って、アオ様のそばに向かう。
「アオ様! おめでとうございます!」
「……それは、何に対してですか?」
「もちろん、あなたの功績がむくわれたことに対してですわ!」
そう言って飛びつくと、真っ赤になるアオ様。
「それと、わたくしはあきらめておりませんから。リコッタは、アオ様といっしょにいたいのです」
そう口にすれば、もっと赤くなった。なんだか、うれしくなる。
「アオ様、顔が真っ赤ですわよ」
同じ人間だとわかって、少しばかりほっとした。
「さて、うでが来るまではいろいろ不自由でしょうから、わたくしもいろいろとお手伝いいたしますわ!」
「えっ!?」
アオ様のあせった様子がかわいらしくて、本当にまい上がってしまった。少しやり過ぎてしまっているかもしれないけれど、どうか許してくださいませ、アオ様。
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