暴走特急公女様
「決めました。わたくし、アオ様のところに嫁ぎます!」
リコッタ公女から唐突な宣言が飛び出して、僕の思考が停止した。いや、なんでそうなる。あまりに飛躍しすぎていて、公爵閣下も目が点になっている。
「あの……」
「アオ様はわたくしの恩人なのです。あの時わたくしは、とと様を失うかもしれない、わたくしも無事では済まないかもしれないと、こわくてたまらなかった。人生をあきらめたくてたまらなかったのです。そこを助けていただいたのです。一度はあきらめた命ですから残りの命を預けるぐらい、どうということはありませんわ」
いや、それはあまりにシチュエーションに酔っているだろう。開いた口が塞がらないまま、ヴィクトリアさんの方を見る。ヴィクトリアさんも困惑しきっている。
「あの、リコッタ様? さすがに六歳で嫁ぐのは時期尚早が過ぎると……」
そこ!? とは思うけど正論なのでそのまま詰めてくれと思う。公女様がどこの馬の骨かわからん謎の浮浪者に嫁ぐなんて無茶が過ぎるし、そもそも論として家族に捨てられた僕には嫁ぐ先の家はない。捨てた家族を今更探すつもりもない。
それにあの戦闘からどれだけ時間が経っているかわからないが、僕がリコッタ公女と出会ってから体感五分のお付き合いなのだ。それで結婚とか電撃にもほどがある。
「では、婚約という形で」
「いや、いやいやいや。公女様、お待ちください」
僕も止めに入る。さすがにここは踏ん張らないとまずい。
「僕は名字すらないただの浮浪者です。公女様をお嫁になんてとても恐れ多い!」
「どうかわたくしのことはリコとお呼びください、アオ様」
「ですから公女様。どうか僕の話を聞いてください」
「リコと呼んでくれるまでは聞きませんっ」
最高の笑みで言われる。可愛いと思うが、それに取り合う余力がない。文字通り命がけのネゴシエーションがいきなり始まった感覚がある。対応をミスれば不敬罪で死ねる。
「……リコ様、どうか落ち着いてお聞きください」
「はいっ!」
本当に良い笑みだ。背中を汗が伝う感覚があるけど。
「僕が公女さ……リコ様と結婚するには、いくつか問題がございます」
公女様と言った瞬間見るからに膨れたので言い直す。この子、おしとやかな印象があったのだが、さては相当押しが強いな。
「まず、第一に年齢の問題です。ヴィクトリアさんからもご指摘がありましたが、結婚はもちろん婚約を結ぶにしてもお互いに年齢が若すぎます。リコ様にとってよりよい殿方が現れてこの話が破談になったとしても、その風評は公爵家へのダメージになりかねません。リスクが高いと考えます」
頭のなかで色々空回りしている自覚はあるが、押し切られる前にロジックを積み上げておく必要がある。口調が官僚時代のものになっていて、ホームレスの子どもとしては明らかにマズい気がするが、求婚をいったん退けないともっとマズいことになる。
「それは問題になりませんわ。わたくしはアオ様のおそばにずっといるつもりです。それに、婚約の話はすでにいくつか父上の元に来ていると聞いておりますが、アオ様ほどのお方が見つかるとは思えません」
いや、解決策になっていないのでは? 恋は盲目とはこういうことか。
「いえ、相手が見つかる見つからないの話ではなく、縁談をリコ様側から破談にしたというお話は公爵家としてもマズいのではありませんか。リコ様には高貴な方からのお話がいくつもあるはずです。それよりも平民たる僕を優先したことを周囲に納得させる必要があります。この僕の身分が第二の問題です」
「あら。わたくしが惚れ込み、わたくしが認めた殿方です。だれにも文句なんて言わせませんわ」
全く止まる気配がないぞこの暴走特急公女様!
リコッタ公女は、めちゃくちゃ地頭が良いらしいのはわかった。上手いこと感情論と公私混同を混ぜつつも、話し方や振る舞いで説得力があるように見せている。まずい。これはまずい。このままでは押し切られる。
「リコ様に認めていただけていること、本当にうれしく思いますが、それを周囲がどう見るかが重要ではありませんか」
「だれに命ぜられたわけでもなく、自らの意志で戦ったアオ様にわたくしと父上は命を救われたのです。あの場のだれもそれをなし得ず、アオ様だけがそれを成した。勲章をあたえるにはそれで十分ではありませんか。ね、とと様?」
公爵閣下の方に体ごとくるりと向いて問いかけるリコッタ公女。公爵閣下は至極真面目な顔で顎に手を置いたまましばらく考え込んでいる。
「叙勲理由には十分匹敵するが……どちらにしても年齢が問題だな。六歳で武勲を理由に勲章の授与はさすがに周囲の反感を抑えきれん」
よし、公爵閣下は話のわかる方だ。このままたたみ込むしかない。
「リコ様は公爵閣下のご令嬢であられます。その縁談というのは、大きな意味を持つのではありませんか? 今ここで決めてしまうのは、あまりに……」
「アオ様は、わたくしの何を疑っておられるのですか……?」
「う゛ッ」
公爵閣下の方を見ながら話していたら、リコッタ公女の涙声が耳に入る。これはマズい。ものすごくマズい。なんなら公爵閣下の目線が鋭くなった。
「……リコ様を疑っているわけではございません。僕にはあまりにもったいないお話だと考えているのです」
「もったいない……」
「いまお話して、リコ様がとても機知に富み、才気あふれる方だとわかりました。……ひるがえって僕には血筋も、学もございません。この腕では武勇を立てることも難しいでしょう。リコ様を守り切るような武器を、持ち得ないのです」
これはさすがに卑怯だったかもしれないが、素直に話すしかない。リコッタ公女は押し黙ってしまい、その目には本当に涙が浮かんできていた。自分がものすごい悪役になってしまった感覚がある。
「アオ様……でも」
「リコ」
潮時だと思ってくれたのか、公爵閣下が割り込んでくれた。それに少しほっとする。
「リコ、君の気持ちはよくわかった。だが、アオ君の言うことも正しい」
「ですが」
「どちらも正しいんだ。だから、きっと時間が解決してくれる」
イスから立ってリコッタ公女のもとに向かう公爵閣下。しゃがみ込んでリコッタ公女と視線を合わせる公爵閣下は、父親の顔をしていた。
「君の進退は、私にとってもとても大きな決断になる。ゆえに時間が必要だ」
「それは……」
「大丈夫。私も恩人を無策で放り出したくはない」
その言葉にどこかホッとした表情を浮かべているリコッタ公女。僕の身を心配してくれていたのは本当にありがたいのだが、それでもここで婚姻という話が出るのはあまりに性急だ。リコッタ公女は根がとてもまっすぐで、優しい方なのだろう。
「……とはいえ、だ。アオ君」
「は、はい」
公爵閣下の視線がこちらに向く。蛇に睨まれた蛙はきっとこんな気分だ。
「残念ながら君をそのまま市井に放つわけにもいかないのだ。命の恩人を手当だけして放り出したとなれば、バリナード公爵家の末代まで語られる恥となってしまう。それに、娘に嫌われたくはないしな。まったく、この子は誰に似てしまったやら」
「かくあれと育てたのはとと様ですわ」
満面の笑みでそう返すリコッタ公女。おそらくこのまま今生の別れというのが回避されたので態度を軟化させたのだろう。恐ろしいな貴族教育。
「はは……」
僕は苦笑いをうかべるしかない。
「本当に公女様……リコ様は、聡明であられると、思います」
「それは君もだろう。アオ君」
リコッタ公女の頭をなでながら僕の方を向く公爵閣下。父親としての顔が消え去り、冷え切った目線が僕を射貫く。
「これまで関わることも無かったであろう貴族の事情を推し量りつつ的確に理論を紡ぐ知性、リコを傷つけないように言葉を選ぶ優しさ、私を相手にしても引き下がらない度胸。……そしてなにより、あの状況で戦うことを選べる勇敢さと、封魔結晶に適合する魔導適正の高さ……君が十四を超えていたならば、我が軍の士官として迎え入れ、君が活躍できる席を与えただろう。六歳であることが……実に、実に残念だ」
凜として、有無を言わさぬ声。なるほど、これがカリスマかと痛いほど理解した。
そしてこれは――――これは間違い無く墓穴を掘った。
「そこでだ。君を信頼し、頼みがある」
「……僕にできることなら」
そもそも選択肢がないでしょう公爵閣下、とはやはり口にできない。イニシアチブを握られっぱなしだが、こればかりはしかたないと諦める。
「バリナード公爵領にレナ・ポーレットという子爵がいる。子をなす前に夫が戦死して、夫の子爵位を継承したのだがな、今跡継ぎとなる男子を養子に取ろうと探しているところだ。そこで、君をレナに養子とするように提案しようと考えている」
前世の知識通りなら、子爵は公爵の三つ下の階級だったはずだ。公爵閣下から提案したらその子爵様も提案を蹴るはずもない。僕が粗相をすれば破談になるかもしれないが、僕には公爵閣下にこの傷の治療をしてもらった恩がある。さすがに裏切れない。だからこれは決定事項と見て良いだろう。
「……僕を、召し上げる、と?」
「期待しているよ、アオ・ポーレット。君は自動的にポーレット子爵家の継承順位第一位となるから、儀礼称号として『エルジック男爵』が付与される。これでもう平民ではないな?」
リコッタ公女がキラキラとした目で父親を見ている。
「もちろん貴族である以上、成人したら軍務などの義務は果たしてもらうし、それ以前にも七歳になったら寄宿学校に通うことになるだろう。
リコッタ公女の頭をなでながら忙しくなるぞと笑っている公爵閣下。つまり、逃げられないと言いたいらしい。どうしてこうなった。
「男爵ならば、縁談があっても眉をひそめられることはない。あとは、君と娘次第だ」
どこか上の空になっている気がする。自分のことなのになんだか実感がない。
僕が、男爵? いきなり?
「恐れ多くも、閣下。この腕では軍務には差し支えかねないと……」
「心配するでない。平民としての君へ今回の報償として、公爵家の威信を賭けて魔導義肢を用意させる。腕がないからといって娘の求婚を断るなよ?」
そんなものがあるの!? と目を剥いてしまう。魔法らしきものがあるとは言え、技術ツリーがめちゃくちゃだ。
それにサラリと流しそうになったが、公爵閣下の言い回しも引っかかる。
平民としての僕への報償ということは、貴族の養子になるのは全く別件だという意味だ。何をそんなに期待しているんだ公爵閣下。
これは、あれか。さっきリコッタ公女に引き下がってもらうために『この腕では武勇を立てられないから周囲を納得させられない』といったことへの当てつけか。しかも縁談の良し悪しに言及をしなかったどころか、リコッタ公女に判断を投げている。
さては相当親バカだなこの公爵。
「なにはともあれ、よろしく頼むぞ、アオ」
「……微力を尽くさせていただきます」
そう答えるのが精一杯だった。ここまでお膳立てされて断れるはずもない。いきなり貴族は相当まずいのでは?
そんな僕の様子を見て笑いながら、公爵閣下が去ってゆく。それを見送ってうれしそうな顔をしてこちらに駆け寄ってくるリコッタ公女。
リコッタ公女は、とても感情がわかりやすい方だ。正確ではないが『オーラ』という言い方が一番近いだろうか。表情よりも周囲の空気で感情がわかるというか、うれしい時は周囲に本当に花びらが散っているのではないかと錯覚するほど全身でうれしさをアピールしてくる。
馬車のときのような今にも消えそうな悲壮なお嬢様はなりを潜めている。今の方が似合っていると思うが、それはそれとして、いきなり抱きしめられるのは心臓に悪い。
「アオ様! おめでとうございます!」
「……それは、何に対してですか?」
「もちろん、あなたの功績が報われたことに対してですわ!」
それと、と言って耳元に顔を寄せてくる。僕はリコッタ公女に抱きしめられるような形になる。傷が少々ズキンと痛んだが、顔に出ずに済んだと思う。
「わたくしはあきらめておりませんから。リコッタは、アオ様といっしょにいたいのです」
その言い方は、少々ずるいと思う。
「アオ様、顔が真っ赤ですわよ」
もうどうにでもなれ、と投げやりになるのは早すぎるだろうか。
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